生活普段議 
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第26号   清水 勝広さん  「未知の世界に常に好奇心と探究心を持つ」
今回は、清水勝広建築工房の清水勝広さんを訪ねました。
設計者なのに、独立してはじめのうちは施工(セルフビルド)の仕事をしていたそうです。そして組織を変え、仕事内容も変化して、今は組織づくりの難しさを実感しているといいます。
海に行くのも潜るのも、すべて建築に繋がっているという清水さんです。
 
清水 勝広(しみず かつひろ)

1974年 東京生まれ
1993年 東京都立立川高等学校卒業
1998年 東京藝術大学美術学部建築学科卒業
        同年、設計デザイン活動開始
        同時にドミトリー・アーキテクツ結成
2002年 一級建築士事務所 清水勝広建築工房開設
        共同アトリエ DIVE に移転
2003年 有限会社 清水勝広建築工房設立

清水勝広建築工房のURL www.katsu-archi.com
今回のモノ
 
モリとフィン●
清水:
道具の話をしようと思ってまず浮かんだのは、海に潜るのが好きということです。学生の頃から海が好きで、よく友人とキャンプに行ったりしていました。潜って“魚とり”をするんです。それに使うのがこのモリです。





海の道具と魚拓
石鯛は体長73cm!
小林:
すごい!これ持って潜るんですか。
清水:
いろいろな種類のものがあるんですが、ここにあるのが性能と使い方と見た目がシンプルで一番のお気に入りです。水中で使う道具というのは、ボディが太いと水の中での抵抗が大きいのですが、これは細めで抵抗が少ないので、取りまわしやすいこと極まりないんです。素材は木なので、水の中では若干浮くくらいの浮力があります。樹脂分を多く含んだチークで出来ているので腐りません。それにシャフトを付けると、ちょっと沈むくらいの重さになるんですよね。
僕は水深30m、ビルでいうと10階建て分くらい潜れるんですよ。深いところまで行き過ぎると引きずり込まれることもあって危険なので、15mの地点で気付くように15mのロープと小さな浮きをモリに取り付けて潜っています。
小林:
こっちはフィンですね?
清水:
これはロングフィンです。アプネアという、海に深く潜る競技でよく使われる足ひれで、大きな推進力を得るためのものです。通常の足ひれよりも全長が長い事が特徴です。フィンにも様々な種類があって、ブレード(ひれの先端)がカーボン製のものや、透明の樹脂製のもの、固いラバー製のものなど、色も素材も様々です。特にこだわりがあって買ったわけではないんですが、はじめて購入したものなので愛着があります。ロングフィンは足が細長くて薄っぺらい西洋人向けのものが多くて、甲高で幅の広い日本人にはきついんですよね。このメーカーのものだけは良くフィットします。
小林:
1回で何分くらい潜るんですか?
清水:
長い時で2分半くらい持つと思いますよ。
あと、包丁も好きなんですよ。捕った魚を自分で捌いて、料理として出すところまでやります。研ぎ石もありますよ。
小林:
かなり使い込んでますね。
清水:
そうですね。今までに2軒くらいは竣工祝いに捕れたての魚を届けました。設計段階で自分も使いやすいようなキッチンにしておいたりして。そうすると、それに気づいたお施主さんに「清水君、そのためにこういうふうに作ったでしょ?」って言われます。「バレました?」って白状しちゃいますけど(笑)。
小林:
遊んでるように見えて、そうでもない?
清水:
初めはそんなこと考えずに趣味でやってたんですけどね。みんな喜んでくれるので。

はじめはセルフビルド、そしてユニットを組んでも…●
清水:
あと、工具類をいっぱい持ってるんですよ。今日のためにディスプレイしておきました。
小林:
いっぱいありますね。
清水:
必然的に揃ったというべきかな。大学を卒業してすぐ、設計したあと資材調達から仕上げまでやってしまう「セルフビルド」の手伝いをしてたんです。イベントの会場構成や小さなブティック、美容室の改装をしました。

DIYショップ並みに並ぶ工具
小林:
設計ではなく、工事を手伝ったんですか?
清水:
そうです。「よし、明日から乗り込み〜!夜集合!」みたいな感じで。夜中に図面をチェックして、次の日につなぎを着て出掛けてました。
そこで2、3ヶ月手伝っていると、ひょんなことから僕のところに内装の仕事がきたんです。八王子の飲食店の設計・施工です。今考えると、とてもじゃないけど出来る予算ではなかったのですが、その時は「やります、やれます!!!」って(笑)引き受けましたね。予算が200万円位しかなく、材料と工具類を買って、あとはみんなでわいわい飲んだり食ったりしたら、それで終わりでしたね。水道と電気の工事は外注で頼んだのですが、その他は全部自分達でやりました。その時はちょうど夏休みだったので、学生が手伝いに来てくれたんですよ。その当時の先駆けだった「エンジニアルウッド」をふんだんに使って、採算なんて考えもせず、昼間は工事、夜は施工図書いてました。板割図とか。
この時には、まだチームやユニットは組まずにやってました。事務所の名前もなく、「清水です。」みたいな感じでした。
小林:
その仕事で、現場での経験が残ったということですね?
清水:
そうですね。それで、生意気にも「自分も独立してやって行けるのでは?」と思ってしまい、友人とドミトリーアーキテクツというユニットを組みました。今でこそ建築家ユニットはよく聞きますが、98年当時は数少なく、友人からは「仕事ないのにどうすんの?」と言われたりしました。それでも「おまえファックス持ってたよな?おまえ電話機持ってたよな?おまえエルクロッキー持ってたよな?それ集めればなんとかなるでしょ?」みたいな調子で何となく設計事務所になりました(笑)。その頃は、まだセルフビルド主体でモノ作りをしていました。四苦八苦しながらやってましたね。
小林:
じゃあ、施工にも入っていく感じで?
清水:
どんどん入ってました。その頃は、マキタの新商品のカタログを見て、「振動ドリルの新しいやつ出たよな」とか、工具の話をずっとしてましたね。
北青山のオフィスもやりました。最初は設計者っぽくシャツを着て打ち合わせに行き、フリーハンドで絵を描いて見せたりするんですよ。次の週にCADで書いた図面にCGとか付けて持って行くと「さすがね。しかもこんなに安くやって頂いてありがとう。工事は1週間後から入れるから。」って言われて、それで工事現場に乗り込んで来たのは、なんと僕ら設計者(笑)。
小林:
お施主さんもびっくりですよね。
清水:
「あんた達だったの?!」みたいに驚かれました(笑)。設備工事などは外注して、お施主さんには「木工造作はそんなに難しくないんですよ」って説明して自分達でやってましたね。
小林:
普通と逆パターンですね。若い頃は、たいてい現場を知らずに設計をしていて「早く現場に行きたいなー」って思いながらやってるわけですから。
独立へ●
清水:
最後のセルフビルドの仕事は雑居ビルのリノベーションです。ギャラリーROCKETといいます。2005年の夏をもって閉館してしまいました。このときは、半分くらいは施工業者にやってもらって、造作家具を作ったりだとか、ある意味おいしいところだけ自分達でやりました。1階が絵を売るスペースで、2階がギャラリーで、3階がオーナーのオフィスです。贅肉をそぎ落としていって、ちょっと味付けをすることで空間を豊かに膨らませて見せる、ということをテーマにしています。最小限操作最大限効果とでも言うのでしょうか。インテリアデザインが、元々建ってるビルに化粧をするという表面のみの変化だとするならば、ここで行ったことは一度化粧を全て落とした上で、化粧する場所を絞り込んで展開させたことだったと思います。
そういうわけで、建物の張り出した軒裏部分(見上げ面)「あご」の下をオレンジ色に光らせました。高速道路を運転していると、ナトリウムランプでカラーが見えなくなる時があるじゃないですか。この「あご」の下を通るとそんな感じです。人が雑多な街から入ってくる時に、ナトリウムランプを浴びてニュートラルになってから中のアート作品に触れて下さい、っていうストーリーです。
これが1階の絵を売るスペースです。これは鉄道のレールです。絵を持たせ掛けて使います。



ROCKET
photo:Shin-ichi Yokoyama
小林:
これはすごいですね。
清水:
レールは、すごい重かったですね。破片をもらって、今も持っています。
小林:
清水さんの仕事には、リノベーションが多いですよね。
清水:
リノベーションには非常に興味があります。僕らの世代の宿命なんじゃないかとも思ってます。
ドミトリーアーキテクツから、場所や人数が変わって、次は本郷にあるシェアオフィスに机を置いて仕事をしてました。不思議な集団で、設計者が4、5人集まってチーム名を使ってるんですけど、発生した仕事は持ってきた本人が主体で片付けるといった独立採算制とでもいうシステムをとっていました。オフィスが窮屈になってきたので2003年に引越しをして、現在の事務所に移りました。
小林:
一気に水門が開いたわけですね?
清水:
そうですね。独立するきっかけになったのは、HAKKA本社ビルというビル1棟のリノベーションをやらせてもらったことです。

HAKKA本社ビル
photo:Shin-ichi Yokoyama
小林:
何階建てですか?
清水:
10階です。アパレル会社です。30年前くらいに建てたビルなのですが、ろくに改修がされておらず、外壁が剥離して鉄筋が露出しているところもありました。外壁材が落ちてきて危険だからと網が掛かってるような状態でした。
小林:
フロアごとに色が違うのはなぜですか?
清水:
この会社は飲食業や雑貨を扱っていたり、アパレルの中でもメンズ、レディース、キッズと、業態が分かれてたので、その業態ごとに色を変えました。その特徴を外観に反映させるために、エレベーターホールに色を付けたんです。
小林:
フロアごとにお施主さんがいるかんじですか?
清水:
そうですね。各階のマネージャーさんと話して。
この時、設計はコンサルティング業務に近いんだなということに気付き、面白いなと思いました。
組織づくりの重要性●
小林:
独立されてどうでした?
清水:
契約ごととか、報酬の算定とか、スケジュールやコストの監理など、学生の頃あまり重用視していなかった事がリアルに目の前に叩き付けられて、社会の厳しさみたいなものを外に出てやっと分かりました。
最近は、組織を作ることの難しさをものすごく感じています。今現在はスタッフが5名いるのですが、スタッフとの関係を昔ながらの師弟関係みたいにしたくないんです。それぞれが能力を充分に発揮できるような、自主的に働ける環境を設計して行こうと思います。各案件で建築設計にアイデアを練る事に精を出すのは言わずと知れた事なのですが、こうした自分を取り巻く環境をデザインしてゆく事がすごく大切だと感じています。良い環境、良い組織ができれば、自然と良いデザインも生まれてくるとも思っています。
また、いろんな意味で幅を持ちたいと思っています。建物を設計するなら土地問題もついてまわりますし、商業建築をやるならマーケティングやブランディングにも関わらざるを得ないです。日々発見と勉強の連続なのですが、自分達の知らない世界に常に好奇心と探究心を持つ事を忘れないようにしています。社会で起きている事柄に対して門戸を広く持ち続けていたいです。それには、異なるジャンルの専門家とのコラボレーションが有効だとも思っています。
良き設計者、良き経営者をめざして●
清水:
学生のときに”建築家は40才でも新人だ”と教わりました。卒業したての頃はそんなはずはないと思い、20代でもアイデアさえあれば、一丁前になれるはずだと決め込んでいましたが、今はとにかく目の前にあるいろんな情報を吸収して、近い将来自分なりのフィロソフィーが確立するのかな、と思っています。建築観ってその人の人生観みたいなところがあると思うのです。今は仮に自分のスタンスを決めてみても、半年もしないうちに真逆の方向にむかっていることもあると思うのです。
小林:
現在を充電期間と考えれば、いっぱいいろんなことにぶつかっていくべきですよね。
清水:
そうですね。「経験したことは全部生かそう」っていうポジティブさは忘れないようにしようと意識してますね。どんな経験でも何かの役に立つ、と信じています。
小林:
清水さんの今後は?
清水:
自分でも、どうなっていくのか明確なビジョンがあるわけではないのですが、これからはもう少し戦略を立てて「表現」というものをしていきたいなと思います。
戦略を立てる上でも、幅広い視点が欲しいです。今、僕自身は他のジャンルに顔を出せる知識とキャパシティの広さを得るために、なんでも興味本位で突っ込んで行くことが重要なんだと思っています。
小林:
ヨーロッパのマスターアーキテクトに近い感じでしょうか?
清水:
なれると良いですね。しかし、そのためには僕個人の視野を広げて行くと同時に、自分の周囲の環境を創って行くことも大切だと思います。マスターアーキテクトと呼ばれる人は、良き経営者なんだろうなと思いますね。歴史に名を刻む名作を残した過去の偉人は、すべての人がそうではないにせよ、すごくいいバランスで作家の顔と経営者の顔を持っていた人たちなんだと、社会に出てからわかりました。
小林:
では、清水さんはそっちを目指して?
清水:
そうですね。目指すは、幅広い視点を持って、幅広い知識の元に物事を決断出来る人。なれればですけど。
とてもユーモラスに話をする一方で、今の自身の課題や今後のことについては真剣に話をされる清水さんが印象的でした。今後も「大物」を狙ってください。
聞き手:小林(生活普段議 www.cabbage-net.com/seikatsu/

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