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生活普段議 
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第32号   奥村 理絵さん  「値段を忘れるほど楽しいこと」
今回はオクムラリエスタジオの奥村さんです。
着物の帯締めは、単なる紐にしてはあまりに高価なモノ。でも、奥村さんは何ものにも代えられないメンタルな豊かさを実感しているそうです。
 
奥村 理絵(おくむら りえ)

1993年 東京芸術大学美術学部建築科卒業
1995年 東京芸術大学大学院美術研究科 修士課程建築専攻 修了
1999年 東京芸術大学大学院美術研究科
後期博士課程 建築専攻 修了 博士(美術)
2000年 奥村理絵 建築デザインスタジオ設立
2000年 工学院大学工学部建築学科非常勤講師
2004年 オクムラリエスタジオに改称

オクムラリエスタジオのURL www.rieokumura-studio.com
今回のモノ
 
帯締めと着物●
奥村:
私の「モノ」は、帯締めです。

小林:
たくさんありますね!
奥村:
全然大したことのないのもいっぱいあって、ちゃんとしてるのはこの3つだけです。でも他のもプロダクトとしてかわいいでしょ?
小林:
和服がお好きなんですか?
奥村:
けっこう好き。仲のいい友達が着付けのお免状を持ってて、月に1回みんなを集めて着付けを教えていました。私も着られるようになりたいなと思って、行ってみたんです。
小林:
着物を一人で着られるようになるにはどれくらいかかるんですか?
奥村:
人によりけりだけど、私は月1回の教室に1年通って、30分以内で着られるようになりました。でも、もっと早い人もいるみたいです。
昔から着物はいいなーとは思ってたんですけど、そんなに着る機会もないし、勇気もいるし。初めは右も左も分かんないし、着物を見る目もありませんでした。布や作られ方によって格が違うとか、何が正装で、何が普段着かとかっていう着物のルールも分かっていませんでした。
基本的に織りの着物とか紬(つむぎ)って言われるようなものは、糸を先に染めておいて、それを織って柄ができます。染めの着物は、白い布に柄をつけていくものです。加賀友禅とか、京友禅とか。基本的に結婚式ではそういう格の高い着物を着て、どんなに値段が高くても紬の着物は着られないんです。他にももっと細かい決まりもたくさんあります。最初はそんなこうるさいこと言う世界も窮屈だと思っていました。既成概念を壊すのが建築学科の教育だ、みたいなのがありますからね(笑)。私が着物とこの帯の組み合わせが色合いもかっこいいから「これがいい!」って言うと、先生には「この着物とこの帯は合わせちゃいけないのよ」って言われる。礼装用の着物に、カジュアルな帯っていうのは、合わせちゃいけない決まりがあるんです、って。
小林:
カジュアルっていうのは紬?
奥村:
そうです。そんなことも「なんで?」としか思えませんでしたね。けど、いろんな着物を見たり、コーディネートを試行錯誤したり、着て出かけてみたりするうちに、だんだん着物を見る目とか、着た時の感触とかが分かるようになってきました。そういう感覚がなんとなく分かってくると、着物のルールは理路整然と序列が出来てて、理にかなってると思いました。そういうルールの中で、組み合わせにテーマやメッセージを入れるとか、そういう仕組みがおもしろいなと思うようになりました。
小林:
紬と染めは、どうしてそういう序列が出来上がっているんですか?
奥村:
私もそこはあんまり詳しくないですけど、紬はすごく着やすいです。例えば有名な大島紬は、水に強いです。紬は固い張りのある生地で丈夫。丈夫で日常的に着られるものだから、普段着っていうカテゴリーになってるんだと思います。
染めの着物はすごく手入れが大変で、ちょっとシミつけちゃったらすぐクリーニング出さなきゃいけないし、水に濡らしちゃったら縮んじゃうし。着る時もその後もすごく慎重にしなきゃいけないんです。
小林:
デリケートなんですね。
奥村:
そうですね。紬は、着付けがそんなに上手くなくても、布にしっかり張りがあるから、着崩れずにバチっと決められます。でも、柔らかい染めの着物だと、ツルツルってずれて動いちゃうから、上手に着ないと着崩れてグズグズになってかっこ悪くなります。
小林:
着付けの腕が見えるんですね?
奥村:
そう。
着物って同じ形なんだけど、素材によって着てる感覚が全然違う。
洋服の時は気にしたことがなかったんだけど、素材そのものが影響を及ぼすんだっていうことに、すごく敏感になったと思います。
小林:
着物自体はもともとお持ちだったんですか?
奥村:
いえ、母のものとか…。そんなにあつらえられないから、とりあえす身の回りにあったものを。でも、そのうちセコハンでいい着物がリーズナブルに流通してるのを知って、そういうのを買って練習着にしたりとかはしました。
言い続けていると情報は集まる●
小林:
自分の周辺を当たれば着物があるっていうのは女性ならではですね。
奥村:
でもね、不思議なことに、仕事にしても何にしても「こういうことに興味があります」とか、「こういうことがやりたい」とか言い続けてると、そういう情報って集まってきますよね。「着物を着たい、着たい!」って言ってると、知らない間にちょこちょこ情報が集まってきました。
私が着物が好きって言ってたら、母にも火がついて、そしたらいつの間にか彼女にお仕立てが上手な友達が出来て、たまたま手元にあった反物を仕立ててくれたり、アンティークの着物でサイズが合わないものを直してくれたり…。それで、夏の着物、冬の着物、普段着、お呼ばれの着物って一通りは揃いました。
でも、自分でこだわり抜いておあつらえしたものじゃないから、「なんか違うな」ってのもあるんです。それなら、まず帯締めのいいものを買っておいてもいいのかなと思ったんです。こういう小物はいろんな種類がいっぱいあるとすごく便利だし。
このお気に入りの3つは、上野の「道明」っていう帯締めの老舗のものです。ここは、居酒屋とかがびっしり並んでる池ノ端仲町通りにお店があるんですけど、猥雑な飲屋街の一角に和の老舗があることに、すごくびっくりしました。前々から、行ってみたいなとは思ってたんだけど、敷居が高い感じがして。それで礼装用の帯締めが必要になった時に、「どうせ買うなら道明さんで」と思ってがんばって行ってみました。お店にはいろんな色がズラーっと並んでて、いろんな組み方がズラーっと並んでて、畳の向こうに売り手のおじさまがいて見立ててくれます。すごくいい感じなんですよ。ぼーっと見とれながら「どうしよう」って悩んで買うのが楽しくて…。それで、「お祝い事のあらたまった席なら、白い普通の帯締めがいいですよ」ってお勧めされて、一番最初に買ったのがこの真っ白の帯締め。「白い帯締めを買うことはすごく贅沢なんですよ」って言われました。白ってどうしても汚れが目立つし。そうなると消耗品みたいになっちゃう。
小林:
帯締めって消耗品なんですか?
奥村:
白の場合は利用回数が減るから消耗品的になっちゃう。これ単なる飾りかなって思ってたんですけど、最後にぎゅって締めることで帯が締まってるんです。だからこれをはずすと、帯はとれちゃいます。
小林:
すごく大事なものなんですね。
奥村:
帯締めは最後の要の1本。
道明さんの帯締めは、他のものと違って、すごく弾力性があります。だから、ぐーっと引っ張れるし、1回締めると緩んでこないし、いい弾力で締め上がります。芯が入ってて固いのは、ぐっと締めてもどっか浮いてきちゃったり、緩んできちゃったり、ずっと気になるんです。でも道明さんのものは、全然その心配がない。これ全部手で組んでるそうです。
小林:
昔ながらの組紐屋さんなんですね?
奥村:
そうそう。私、3本しか持っていないんですけどね(笑)。
小林:
これ素材は?
奥村:
絹。布の素材としてシルクって昔から好きなので、だから着物が好きなのかもしれません。
こっちの帯締めは、単なるピンクじゃなくて「桜」という色です。ちょうど今の季節にぴったりでしょ?何年か前に3月の末に着物を着る機会があって、道明さんにはピンクでもいろんな種類があるんですけど、ちょうど「桜」っていうのがあったから、これを買おうと思ったんです。
小林:
これも礼装用ですか?
奥村:
これは冠組(ゆるぎぐみ)っていうベーシックな組み方で、礼装でも小紋でも何にでも合います。不思議なのは、同じ着物で同じ帯でも、最後にどの帯締めを締めるかで、印象が全然違ってくるんですよ。
小林:
帯まで同じでも?
奥村:
そう。そこがすごいところです。着物って、有閑マダムがステータスの為に競っておしゃれしてます、みたいなイメージだけが昔はあったんですけど、「軽く華やかな雰囲気」とか、「ちょっと重いけどポップな楽しい感じ」とか、そういう感覚を感じ取って想像して遊ぶみたいなのが出来て楽しいなと思うようになりました。
小林:
これだけいっぱい帯締めがあるのは、とりあえず買って試して、お気に入りがピックアップできた感じですか?
奥村:
そうですね。でも、どんなに締め心地がよくても、(道明の)ピンクより、他のイエローが合う時があるわけ。そういう時はイエローにしますけどね。
(お気に入りの帯締めを持って)この触感が気持ちいい。より愛着を持てるか持てないかっていうのは、触感がいいか悪いかが大きいです。
小林:
触る度に気持ちいいっていうのは愛着がわきますよね。
奥村:
そういうのがちゃんと大事にしようっていう気持ちにもつながるんでしょうね。そうはいっても、バラバラって箱に突っ込んであるだけですけど(笑)。
小林:
組紐から始まって全身集めちゃったりするんじゃないですか?
奥村:
財力があれば今でもやります!
道明さんのDMコレクション●
奥村:
その道明さんが、月に1回DMを送ってくれるんです。これが好きで、マニアックにためてます(笑)。
小林:
すごいなー!糸が張ってあるんですか?
奥村:
そう。「糸がのりで貼ってあるから、実際の色より濃く見えちゃうんですよ」ってお店の人に言われました。色見本帳みたいでしょ?必ず2色組で送られてくるんですけど、毎回組み合わせがいいんですよ。
DMとかすぐに捨てちゃうタチなんですけど、これは捨てられなくて、いっぱい封筒がたまってたのを数年前に整理してみました。
小林:
帯締めもですけど、こっち(DM)もすごいですよね。
奥村:
でも、私コレクション能力ないから、こうやってきちんとファイリングしてること自体が奇跡的。だからよっぽど気に入ってるんでしょうね。
最近着物ブームだから、着物を着て外歩くのも、前ほど抵抗はない。っていうか、もう慣れちゃいましたよね。
小林:
最近も着物で外出されました?
奥村:
1ヶ月くらい前に初めてお茶のお稽古に着物着て行きました。赤坂まで。
竹下:
電車で行くんですか?
奥村:
電車です。「間に合わない!」って思ったら、着物で走るのも平気! ちなみにこれ(道明の帯締め)いくらだと思います?
小林:
う〜ん、高いでしょうから…1万円くらいですか?
奥村:
これで1万4千円。このあたりは一番安いシリーズで、ちょっと上のシリーズになると、3万とか、4万とか。。。。
小林:
だいたいこの帯締め3本でデジカメくらいしますね。
奥村:
そっか。そう考えるとそうですね。単なるひもに…。
小林:
そうは言っても、それを手に入れるのはメンタルなものがかなり大きいですよね。
奥村:
そう。モノを作ったりするのって、メンタルな部分に働きかけないと意味ないですよね。
小林:
建築設計は特に量産品を作ってるわけじゃないので、メンタルにどれだけ働きかけるかで価値が決まってきますからね。
奥村:
だから「たかがひもに1万以上かけるの?」って冷静に考えたらそうなんですけど、買う時には嬉しくてうわ〜ってなっちゃって、1本いくらかっていうことも忘れちゃう。そういうことって重要ですよね。
託児所の壁に影が描く「自然」●
小林:
病院内の託児所をやってらっしゃいますよね?
奥村:
それは初めてのプロジェクトですね。吹抜けの斜めの壁に、ステンレスのフレームが影を落として、その影が動いていくんです。なぜこれをやろうと思ったかっていうと、ここは本当に何もない地方都市のさらに郊外で、文化的な要素が何もないんです。いろんな感性を持ってないと、何でもない景色が素敵だなって感じられるようにはならないじゃないですか?単なる「身の回りにある自分の現実」にしかならなくなるから。そこの場所の良さや、個性を見つけ出せるような目を持てるようになるのは、文化的な経験値がすごく大事だと思います。何もないところで育っていく子供達の為に「これだけの環境を大人が用意しましたよ」っていうことに、大きくなって振り返った時「こんなバカバカしい仕掛けがしてあったんだ」って気付いて、価値を分かってくれる子が1人でもいれば、すごくいいことなんじゃないかなと思って作りました。
私ここで、定点写真を撮ってるんですけど、それをアニメーションにすると影が変化していくのが分かるんです。そこにいても気にしないと分からないんだけど、それに集中すると本当に速い。ってことは、「太陽の動きも速いんだ」「地球の自転ってそういうスピードなんだ」ってことに思い至るわけです。


photo:
オクムラリエスタジオ提供
小林:
子供の時に経験したビジョンは残りますよね。なんか妙なことを覚えていたりしますし、後になって思うと、あの時に見た情景はこういう風に自分の中で解釈できてたのかなって、ちょっと客観的に分析すると分かったりしますもんね。
奥村:
これもものすごく拡大解釈して言うと、自然環境を影っていうインターフェイスを通して感じましょうっていうお話なんです。一見なんだか分からないギザギザのシェイプがあって、それに何の意味があるんだろうってそこにいる子達は思うし、意味も感じないで過ごしてるかもしれないんですけど、でも、春の空気とか光は、秋とはなんか違うということが、季節を何回か経験すると分かってきますよね?そういう敏感さはやっぱり経験値によると思うし、そういう経験の一つとして影で仕掛けを作ろうと思いました。
小林:
なるほど。
奥村:
病院の中のスタッフの為の託児所なんですけど、子供の為の施設だし、冒険してみたいなっていう思いがあったみたいで、私がやらせてもらいました。
ただ、いまいちうまくいってないと思うのは、影を落とす為のステンレスのフレームが、単なる装飾体になってるんですね。これ自身を構造体として考えないと、つまらない、とは思っています。
小林:
ただ、そうすると逆に構造体の影がただ落ちてるだけみたいに見えてくるかもしれないですよね。
奥村:
そうそう。そこら辺の解決がうまくいかなかったのが、これの反省点です。
映像●
奥村:
私は、影の特性とそれを実現する3次元的なモノの形の関係性をテーマにして大学院のドクターをとったんです。
その後に、Shadow Raysっていう映像のインスタレーションをやりました。架空の架構体があって、それを落とす影の形がアニメーションになっていて、動いていく。その、「影を落としているけど目には見えない架空の物体」っていうのが周囲にあるんだよっていうことを影で感じてもらえるようなインスタレーションです。
Shadow Raysにサウンドを付けてくれた友人のライブで使う映像も作りました。透ける布を奥行き方向いろいろな位置に天井からぶら下げて、プロジェクターで映像を映し出しました。映像の距離がずれてたり、重なってるところもあったり、元は一つの映像をぶつけてるんだけど、そういう映し方にすることで複雑に見えるっていう効果をねらったんです。


shadow rays

小林:
建築以外にもいろいろやってらっしゃるんですね?
奥村:
ちょこっとね。あとは、富山の立山博物館の外部施設「まんだら遊苑」に、照明代わりの映像を作らせてもらいました。基本的には静止画をどんどんつなげていって、それをフェイドイン、フェイドアウト、ズームイン、ズームアウトさせたりして、動いてる絵のように見させてるっていうことをしました。ただ、その頃マックのコンピューター処理能力なんてすごく遅くて、自分では出来ませんでした。だから、作りたいものをコンピューターでラフに編集して、スタジオに入ってオペレーターのお兄さんにエフェクトの指示を出しました。
小林:
大変な時代でしたよね。
奥村:
でもそれ以来、静止画をつなげて映像を作ることが楽しいなと思いました。
なんかそういう感覚的なことを表現するには、建築ってあまりにもリアルすぎて、そのリアルなものを乗り越える自信がなかったんですよね。映像で空間を表現するんだったら、わりと思ったものを作りやすかったんです。建築は常に存在して、しかもすごく社会的で、使う人もいるわけだから、作りっぱなしじゃダメですよね?そうなった時に、「どうしたらいいの?」みたいな感じでした。でも映像だったら瞬間的なのでできるかなって思いました。そう思ってわりと何年かはそっちに意識がいってたのかもしれませんね。
モノ派とコト派●
奥村:
生活普段議でもモノ派かコト派かみたな話をしてますよね?私はコト派なんです。
小林:
年を重ねるにしたがって、モノ派がいなくなってきた気がします。みんなコト派にシフトしていって。
奥村:
私は昔から同じお金かけるなら、モノより、一瞬で消費して、記憶や感触が体の中に残っていく方がいいと思っていました。でも、いいモノがあるから、いいコトが作り出されるわけですね。例えば、おいしいモノを食べるにしても、おいしいだけじゃ嫌で、手間ひまかけて丹念に育てられた食材だけで食べさせてくれるとか、そういう付加価値があるからコトがとして成り立つわけですよね。
小林:
それは一体だと?
奥村:
やっぱり一体だなーと思います。だからそのモノ自体をコレクションすることに興味はないけど、記憶とか体験とか感触とかを、いい意味で蓄積させていくためのコトっていうのは、バックグラウンドにいいモノがないと成り立たないと思うんです。
小林:
いいコトをするために必要なモノだったり、逆にいいモノでいいコトが起こると?
奥村:
そうです。だから帯締めも普段はこういう箱に入ってるわけ。このモノ自体に愛着があるならもうちょっときれいにディスプレイでもしてるんでしょうね。そういう意味でのモノ的なこだわりはないです。
無理矢理こういうのと建築をつなげるとすると、建築自体はモノですよね?その中で行われるコトと、器である建築とが呼応し合って、その2つが有機的につながっていくような場がつくれるといいなと思っています。
着物やそれに使うモノのことは、日常で接することはあまり多くはありません。「帯締め」などのお話を聞くと、新しい発見があるのと同時に知らない自分が少し恥ずかしくもなります。
聞き手:小林、竹下(生活普段議 www.cabbage-net.com/seikatsu/

クレジットのない写真はすべてキャベッジ・ネット撮影
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