生活普段議 www.cabbage-net.com/seikatsu/
第7号   永山 明男さん  「花も紅葉も なかりけり」
今回は、永山明男さんです。
自身の設計活動を考えた結果、銀座から歩いて10分という好立地でビルオーナーとなる道を選びました。その設計思想には「日本的なものと西洋の理念の融合を目指す」という学生の頃から抱いていた考え方が根付いていました。

永山明男(ながやま あきお)
1968年   愛知県生まれ
1991年   京都工芸繊維大学建築学科卒業
1995年   東京藝術大学大学院修士課程修了
1995年   富永讓+フォルムシステム設研究所勤務(〜1998年)
1999年   東京藝術大学助手(〜2002年)
1999年   一級建築士事務所設立

作品が掲載された主な雑誌:「LiVES」vol.13、14、15(第一プログレス)、「マンションインテリアが新鮮」(婦人生活社)、
「A」vol.13(文芸社)、「住宅特集」2000.2(新建築社)、「室内」1999.12(工作社)


永山明男建築設計事務所のHP  http://www.ngym.jp
ビルの名前は「チョコビル」。外壁がチョコレート色なのが由来とか…。
小林: 永山さんのモノは、なんといってもこの「チョコビル」ですね。
永山: 藝大の助手をやめて独立してからは、友人と事務所をシェアしていました。それが一昨年、スペースが手狭になったので移動することを視野に入れながらも「この先どうしたものかな」と長期スパンで考えてみました。「家と事務所を借りるのは出費が大きくて大変だし、家と事務所は分けたい。でも二部屋も借りられないよな…」と思っていました。それで、2〜3階建ての古いビルを安く買って事務所兼住居とした方が、経済的には楽なんじゃないか、と。
それで、「印刷工場のような空きビルを探してほしい」と言って、不動産業者を訪ねてみました。
小林: 印刷工場ですか。そう限定した理由はなんですか。

(左)リノベーション前のビル  (右)現在のチョコビル
photo:永山明男建築設計事務所提供
永山: 不動産業者は、こちらがほしい物件のイメージをかなり具体的に伝えないと、本気で探してくれません。それで、僕が希望する建物の姿を伝えようとして考えたところ、以前住んでいた神楽坂にたくさんあった町の印刷工場のビルがイメージ的にピッタリだったんです。
鄭: オフィスビルだといろいろタイプがありますから、印刷工場というのはいい例えですね。
永山: ええ。それで、このあたり(新富町)では探していなかったんですが、不動産業者から「こんなのがあるよ」って連絡がありました。はじめは予算オーバーだったんですが、売り主の方が「若い人たちが使ってくれるならいいかね」って、金額も多少融通をきかせてくれたりしました。
小林: 初めてこのビルに入ったときは、どんな状況でしたか。
永山: 築40年でしたから、40年分の印刷業務の跡が屋上までぎっしり詰まっていました。
鄭: つまり、紙ですね。
小林: 印刷機もありましたか。
永山: いえ、印刷機はもうなかったです。インクはありましたけど。
で、その紙がものすごい量あったんです。
小林: その紙を全部片づけたんですね。
永山: ええ、出してみたら、2tトラック12台分の紙ゴミが出ました。
二人: ええー、12台分ですか!
永山: ものすごかったですね。売り主の方も、そういう物たちを処分することについては途方に暮れていましたので、こちらで捨てると言いました。「こっちで処分しますから、全部置いていってくれていいですよ」って。それは喜ばれましたね。
ゴミ以外にもさまざまな問題が出てきて、そのたびに「もうだめかな」と何度もあきらめかけましたが、なんとかクリアして、ようやく買えたわけです。
小林: 古い建物ですが、不具合などはないですか。
永山: うーん、あまりないと思いますが…。ああ、壁の窓サッシュの周りから、少し雨がしみてくるくらいでしょうか。
小林: 1Fが事務所で、4Fに住んで、2と3Fは貸しているのですか。
永山: ええ。今はもう、空きはないです。グラフィックデザイナーとか洋服をつくっている人なんかが入ってくれていまして、その人たちは住居兼仕事場にしているみたいです。他のも、完全に住居だけにしている人もいます。
小林: ここは、銀座まで徒歩10分という好立地ですね。
永山: はい。その点はとても便利です。
小林: 事務所はガラス張りでかなりオープンですが、道行く人からの評判はどうですか。
永山: 有名になりましたよ、この街区だけで(笑)。でも「なにやってんの?」とか言われるので、設計事務所だということはわかっていないみたいです。
小林: コミュニティーがあると、「設計事務所なんだってさ」とかいう評判があっという間に広がるような気がしますけど、この辺りにはないのですか。
永山: 意外とないですね。御輿とかかつぐのかなと思っていましたけど。
小林: でも、路地という立地はちょっと奥まった感じでいいですね。この路地は人がよく通りますか。
永山: 昼は、あんまり通らないかな。夜は、表通りから見て細い路地の奥に明かりが見えるという状態になるので、飲食店だと思って覗きにくる人はしょっちゅういます。
鄭: じゃあ、こっち半分にカウンターつくって、バーをやるとか。
永山: そういうのを考えたこともあります(笑)。建築バーとか。飲食店でなくても、ゆくゆくは何かやりたいと思っています。はじめは、設計と一緒に家具屋をやる夢がありました。それもあって1Fを事務所にしました。将来はこの立地をなにか活用したいですね。
じゃあ、上の階を見ますか。
住居として使っている階を拝見しました。
永山: あの天井の穴は、印刷工場のリフトがあった跡です。それをそのまま明かりとりにしています。

小林: リフトの跡ですか。なるほど。部屋の奥が明るくて、いいですね。
永山: 床は仕上げずにそのまま使おうかと思いましたが、表面がガタガタして不陸もあって裸足で歩けないくらいでしたので、モルタルを打ちました。その上を白く塗装しました。
この部屋は、もともと和風で天井が張ってありました。
実は、屋上を茶室にすることを計画しているんです。お茶も習おうと思っています。
小林: こういうふうに住むには、自分だけではなくて奥さんや家族の理解が必要ではないですか。
永山: 必要です。妻は一時「住むなら新築マンションがいいな」って言ってましたけど(笑)。
小林: (キッチンにて)ああ、この包丁は、ポルシェデザインのものですね。
永山: そうです。ちょっと前から料理をし始めましたので、僕が買いました。
調理道具は、合羽橋(道具街)まで行っていろいろと買いました。
小林: この状態(刃を下に向けた状態)で立つんですね。
永山: ええ。洗った後、その状態で乾かせるので、とてもいいです。
パエリア鍋もあります。これは、「由緒正しき」ものです。なにしろ「志摩スペイン村」で買いましたから(笑)。
それから、このガスファンヒーターはすごく気に入っています。二年くらい前の型ですが、形がシンプルで好きです。事務所も家も同じのを使っています。今売られているものはシルバー色が主流で、白い物が少ないです。僕はシルバーより白の方が好きですね。それに、ガスは暖かいし、いいです。
鄭: ニオイもないし、灯油みたいに補給しなくてもいいですしね。
永山: ええ。特にあらたまって挙げる必要もないようなものかもしれませんが、こんなものを手に入れるのも意外と苦労します。つまり「余計なデザインをしていない」というものがないんですね。シンプルでないなら、いっそのこと変なというか面白い形にすればいいのに、と思ったことはあります。灯油式なら、面白い形の物がいろいろとありますが、ガス式はほとんど種類がないです。
小林: 確かに、家電のデザインに不満がある人は多いと思いますよ。自分もそうなんですが(笑)。
RC造だと、内装をはがしたままでも、物としての存在感で「いいでしょ」って言えるところがいいですね。
永山: 確かに。なんというか、RC造だと築40年でも「まだいける」っていう安心感はあるかな。
意外なことに壊れていれば壊れているほど喜ぶ人もいます。それは賃貸ならではのことなのかもしれませんけど。
鄭: そうでしょうね。分譲で「この壊れかけたのがいい」と提案するのは難しいでしょうね。
永山: ええ。分譲は住む側の意識が賃貸を借りる場合とは違うので、なかなか難しいでしょう。
建築家と施主との距離感について
小林: いま関わっていらっしゃるプロジェクトは、どのようなものが多いですか。
永山: 住宅とその改装が多いですね。
住宅に関しては、今はいろんな雑誌が出ていて驚きます。以前は、僕らの世代が住宅なんかを手に入れられることが身近に考えられる雑誌はなかなかありませんでしたね。
小林: 今までのプロジェクトで「人は建築家に対して、こんなふうに思っているのか」と、意外なことに気づいたことはありますか。
永山: そうですね、あまり思いつきませんが…。
そうそう、違和感があるのは「あなたは何の設計が専門ですか」と聞かれることですね。オフィスビルなのか店舗なのか、と。つまり、そういうカテゴリーがあると思っていることですね。ビルディングタイプで建築家を切り分けようとしていて、テイストとかでは見られないわけです。
小林: ごくたまに、経験がないことが逆に好印象を生む場合もありますね。「今までに△△△設計したことある?」「いや、ないです」「だからいいんだよね」という具合に。型にはまらないから、次の想像力で話ができて、そのうちにその人からは、建築家ってこういうことやるんだな、って興味を持ってもらえる。
若手が生きてこられているのも、そういう人のおかげでしょうか(笑)。
永山: そういう人は、ありがたいですね。
永山さんは、大学の助手をされていました。その目に映った学生とは。
鄭: 学生時代というのは重要な時期だと思います。学生時代のある時点で、建築はまだしていないけど建築家になった瞬間がある。その瞬間から建築家としての行動が始まっていて、それを経ないと建築家になれないと思うんです。
永山: いま思えば、学生のときは周りも含めて勢いよく何でもやっていましたね。でも、僕は助手時代に、今の学生はおおむね優しいんだな、と感じました。
小林: 優しい?
永山: あまり争いをしない、相手を否定しない、ということです。お互いをあまり批評しないんですね。悪く言えば無関心。
鄭: なぜそうなってきたんでしょうね。
永山: うーん…。
小林: あまり建築に熱くなっている人がいないのでしょうか。
鄭: 熱くなれる人が建築学科を選ばなくなったのかもしれませんね。
永山: そうかもしれません。
小林: 衝突や批評は、ひとつのコミュニケーションだと思います。かつてはコミュニケーションせざるを得なくて、今はそれをしなくても済むということなんでしょうか。
鄭: コミュニケーションすることを、怖がっているんでしょうか。
小林: それとも、面倒くさいのかな。
永山: どうでしょうね。でも、その代わりに、助手室に来て「エスキスしてください」とか、そういう熱心さはもっています。
小林: 仲間同士でではなく、助手にですか。
永山: 授業の時間外でも聞きに来ます。それは熱心です。こっちは、答えながらも“助手に聞いてどうするんだよー”と思ったこともありましたけどね(笑)。
ある意味、真面目といっていいでしょう。
永山さんの建築感について、お聞きしました。
永山: ええと、卒業してから、もう世代が一回りくらいしたのかな…。今思い返しても、考えはあのころと変わらないなって思います。自分の「好み」も、いつまで経っても変わらないんだ、と最近は認識しています。
茶室をつくりたいというのも、そうです。真面目な話をすると、僕は日本的なものと現象学に興味があって…。
小林: 現象学?
永山: 建築は近代の概念で、現象学が記述する世界もすごく興味があって、原広司さんの「機能から様相へ」とかにハマっていました。現象学的な建築をつくりたいんです。でもそれは、すでに日本の建築や庭園なんかによく表されています。
学生の頃につくった、メトロノームのような「装置」も、インスタレーションも、同じ考えに基づいてはいました…。



インスタレーション
「テクノクラートによって
拡張された身体は何処へ?」
photo:永山明男建築設計事務所提供
小林: メトロノーム、ですか?
永山: ええ。メトロノーム仕掛けの鹿威し(ししおどし)と言った方がいいでしょうか。メトロノームの上に小さな鉄球が詰まったシリンダーがあって、カッチカッチと針が一往復するたびにシリンダーが少しずつ回って、一周するとその鉄球が少し落ちる、という装置です。
それから、インスタレーションは、修士1年で芸術祭に出品した「テクノクラートによって拡張された身体は何処へ?」ですね。暗い部屋の中で、蛍光塗料が混ざった砂鉄が台の上にあって、その下を磁石がゆっくりと回っている。そうすると、まるで銀河が漂っている宇宙空間に自分がいるような感覚になる、そういう作品でした。つまり、「現象学的な考え方」を、近代の理念みたいに言語化して建築にしてやろうって思っていました。
一時期は仕事の忙しさに忘れていましたけどね。忘れていたから、今になって好きなんだって思えるんですね。一時のブームではなくて、本当に好きな概念というか、空気感なんだなって。
そうそう、藤原定家の「見渡せば 花も紅葉も なかりけり 裏の苫屋の 秋の夕暮れ」という歌があるでしょう。
小林: 昔、学校で習ったような…。「新古今和歌集」の「三夕の歌」のひとつでしたっけ。
永山: そうです。高校生だったときに初めて聞いて、懐かしさやノスタルジーで全身を打たれました。まるで、その景色を以前体験したかのような感じがしました。夏の日暮れに、なんだか家に帰りたくないような感覚があるでしょう。みんな帰っちゃうんだけど帰りたくない、楽しいんだけど泣きたいような、そういう感覚です。
それも、僕の表現したい建築につながっていると思います。そういうものを、ちゃんと言語化したいんです。テイストではなく、形式として。建築の素材でも何でもいいです。そのひとつが、ここの屋上に茶室を三年後につくることかな…。三年後とかいうと、何でもできそうな気がします。
いやー、…建築って、最高ですよね。まだ見ぬ建築を考えることほどいいことはないですよ。
鄭: まだ見えないが故に、それができたときには奇跡と思えるくらいですよね。
鄭: 熱くなれる人が建築学科を選ばなくなったのかもしれませんね。
永山: フランク・ロイド・ライトの山邑邸があるでしょう。そこでたまたま会った建築家の方が「ライトでもなんでもいい、好きなものがあったら徹底して真似してみるといい」っておっしゃったんです。要は、好きなものが最後まで残るんだよ、という意味だったのでしょう。そういうことを考える年になってきたんだな、と思います。
小林: 「いいな」って感覚は、直感(インスピレーション)ですね。でも、それが尾を引く。ということは、直感というものは、かなりアテになるということでしょうか。
永山: アテになるし、その時点で心にすり込まれているんでしょう。形態にしても、必ずつくってしまう形ってあるでしょう。つくりながら「俺、またこの形つくってるよ」って(笑)。たぶん、そういうものだと思います。思想とか、雰囲気とか、「ああ、これなんだ」って最近は思うんです。いろんな方向に振れて、でも戻ってくる場所のような。自分も、やはり修士制作のときに考えたことに戻ってきましたから。
小林: いろんな方向に振れたからこそ、気づいたんでしょうね。離れて、近づいて…。
鄭: 三年後の茶室、ぜひ実現してくださいね。とても楽しみです。
永山: ええ、楽しみにしていてください。そのときは、招待しますよ(笑)。
チョコビルは、永山さんの思いを反映するように、あたたかな光を都心の夜空に投げかけていました。都心の空の下でいただくお茶は、どんな味わいになるのでしょうか。
聞き手:鄭、小林(生活普段議 www.cabbage-net.com/seikatsu/
クレジットのない写真はすべてキャベッジ・ネット撮影
無断複製、転載を禁じます。