生活普段議 
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第16号   馬立 歳久さん  「建築はイメージを超えたものを具現化する」
今回は、マダチ建築アトリエの馬立歳久さんを訪ねました。
CAD全盛の今、馬立さんはアナログな設計手法をより重視するようになったという、ある意味貴重な存在です。しかし、コンピュータを駆使してFlashでホームページをつくってしまう、という一面もお持ちです。
ユニークな建築家の姿を、どうぞ感じてください。
馬立 歳久(まだち としひさ)

1969年 神奈川県生まれ。
1988年 武蔵野工業大学工学部建築学科
1993年 東京藝術大学大学院修士課程
1995年 村上徹建築設計事務所
2000年 マダチ建築アトリエ(一級建築士事務所)

マダチ建築アトリエのURL www.j4f.com/madachi/
筆記用具とミニさしがね●
馬立:
ホルダーと消しゴムです。これは「カランダッシュ」のものです。昔は、ここの指の当たるところにゴムの滑り止めがついていました。昔、設計の人はホルダーを使っていて、芯をシャカシャカ削ってましたよね。前にいた事務所では、削り器は使わずヤスリで削っていました。




鄭:
金尺で削る人もいましたよ。
馬立:
芯がとんがっているところを探して使うので、使うのが上手い人は1枚の図面を書くのに1回しか削らない。ホルダーをぐるぐる回しながら書いていました。 それから、消しゴムはMONO。モノの話なんで(笑)。これは一番消しやすい。で、小型のを買います。大きいのはやわらかくて、よれて切れちゃうんですね。で、時にはカッターで切ってさらに小さくして使ってました。切るととんがったところができますので。
小林:
カドケシみたいですね。
馬立:
今、そういうのありますね。 筆記はやっぱりこういうのがいいですよね。間違ったら消せるし。いつでもどこでも、持ち歩いて書いてます。折れたって書けるし。現場では、鉛筆よりも向いていると思います。
小林:
カランダッシュのを選んだ理由は?
馬立:
カッコよかったからですね。それに、いろいろ伝説があったでしょ。巨匠建築家がこのホルダーでスケッチしている、とか。学生時代にバイトした建築家の事務所では、所員の人が黒ずくめの格好で、これを使って図面を書いていました。それがカッコよくて…。 まだホルダー使っている人は珍しいでしょうか。
鄭:
うーん、あまりいないでしょうね。
小林:
みんなシャープペンかな。
馬立:
シャープペンは、ペン先が壊れたら書けないでしょう。これは書けます。そこもいい。
小林:
六角形ボディはかっこいいですね。
馬立:
この滑り止めゴムがすり減ってなくなって…、自分も一流になったかなって(笑)。 あと、赤鉛筆はトンボの「あか25」。
小林:
この3つは必需品ですか。
馬立:
そうです。図面の通り心は赤で、その後は黒で、という具合に図面を引きます。手書きだと、図面を書くのが楽しいです。
小林:
このホルダーは何年くらい使ってますか。
馬立:
うーん、7年くらい、かな。学生の時から使っていたものは現場でなくしたかな…。でも、コレ、建築じゃない人でも鉛筆が好きな人にはいいと思いますね。えーと、僕らが小学校の頃は鉛筆でしたよね。
鄭:
ええ、シャープペンは禁止されていました。
馬立:
今はどうなんでしょうね。子供は筆圧のコントロールができないから、シャープペンだと芯を折っちゃうと言われていましたね。今の子は器用だから筆圧調整しながら書くのかな。
鄭:
どうなんでしょうね。
馬立:
でも、カッターで鉛筆を削ったりはしていなさそう。僕らは、色鉛筆を削って極端に芯を出して使ったりしてましたよね。
小林:
寝かせて広い面を一気に塗ったり…。そういう自由度は、シャープペンにはないですね。
馬立:
そうですね。いつも同じ状態で、ある意味面白くないですね。まあ、便利なので私も最近はペンで書くことも多くなりましたが。
小林:
建築の人は、「Hi-tech C」のペンを使う人が多いです。僕も、0.4mmのブルーブラック色のを使っていました。
馬立:
同じ太さの線が書き続けられるのは、確かに気持ちいいです。
鄭:
シャープペンにしろ、ホルダーにしろ、ちょっと太く書きたいなと思ったら、調整して書けるのがいいところです。
馬立:
ホルダーは太い線を書こうと思えば、いつもの3倍のくらいにはできます。シャープペンだとそれができないから、太さが違うのを2〜3種類持ち歩くでしょう。 だけど、道具って一つで何でもできるというのがいいと思いますね。 模型づくりには、こんなのも…。
小林:
ミニさしがね。


馬立:
ええ。これは直角も切れるし平らな金尺の役目もするし、ほとんどコレ一本で模型をつくれちゃいます。両方の辺に目盛りがあるので、角度もとれますし。
小林:
これはずっと以前から使っているんですか。
馬立:
いや、割と最近です。2〜3年前にはじめて見つけました。
鄭:
これは、あまり見かけませんね。
馬立:
これは便利だろうなと思って使ったら、意外と直角を出すことが難しいんです。でも、慣れるととても作業が早い。 ホルダーも使い始めは難しいんでしょうけど、慣れるとひとつでほぼ何でもできる。そういう点はいいと思います。
鄭:
「慣れるほどに使いやすい」と。
小林:
ちょっと日本的な感じがしますね。特化するためにいろいろ付加するのが西欧的とすると、このさしがねはとても日本的ですね。
馬立:
使いにくそうだけど、なぜこれにしたかというと、大工さんがさしがね一本でやっているんだから、僕たちもできるだろうって思ったんです。でも、案の定、使いこなすまでは難しかったです。
鄭:
それは、道具に人を合わせる感覚ですね。ある意味、建築でもそれは大切なことですね。「使いづらさ」というのは重要なファクターです。変に至れり尽くせりよりも、自分にフィットするかもしれませんね。
馬立:
あれでしょ…、機能性を犠牲にしないと空間性が得られないときに、機能性は人間で補えるけど空間性は無理。
鄭:
人間には、元々そういう能力がある。「不便」は単に「今までと違う」というだけのことも多いですからね。「便利」を疑うことは大切だと思います。
馬立:
同感ですね。
ものづくりの姿勢と“製図工場”●
小林:
道具といえば、マダチさんはコンピューター関連のことにも詳しいですね。Flashを使ってHPを自分でつくったり。
馬立:
いやー、そうでもないです。 以前、職業学校というかスクールみたいなところで…、
小林:
Flashを習っていたのですか。
馬立:
いえ、人前で話すとかが上手くなかったので、じゃ、先生をやれば克服できるんじゃないかと思ったんですね。それでその学校で教えることにしたんです。もっとも、最初はCADを教えようと思っていたんですけど、Flashのコースしかなくて、困ったなと思ったけど、やるしかなかったので引き受けました。
小林:
いきなりFlashを、しかも先生ですか。
馬立:
ええ。で、やったら面白かったんです。 人に教えると同時に、自分でも勉強していきました。それで、講師を始めて半年くらい経った頃に、ホームページを2つほどつくりましたね。夜な夜なつくっちゃいました。
鄭:
それは、よほど好きでなければできないことですよ。
馬立:
Flashはオブジェクト指向でしょう。当時の自分の中にはそういう考え方はなくて、それが面白かったんですよね。ムービーとかで絵を「動かす」よりも、そっちが。 プログラムを書いて、簡単なゲームもつくりましたね。ゲームづくりはいい勉強になりました。 インターネットに関しても、Flashをそこまでわかるようになってホームページをつくったから、理解しやすかったんです。
小林:
マダチさんは、機会が訪れたときに一気にガッとものにするタイプですか。
馬立:
物事の80%までは短期間で持っていくのが、基本スタイルです。でも、そこでは100%は目指さない。中の仕組みはわかった上で、形をつくったりするのは必要なら専門家にやってもらいます。 いいものにするためには、中身を自分で理解しておく必要があります。 それは建築でも同じことです。 僕の場合、クライアントがすごく建築に詳しいと、相乗効果でいいものができることが多いです。建築に詳しくない人に対しては、逆に遠慮が出て苦労することがあります。
小林:
相手が理解していなくても「やってしまえ」ということはせず、あくまでもクライアントと一緒につくるのですか。
馬立:
根底では、設計は施主の空間をそこに具現化する作業だと考えています。ただ、喜んでもらいたい。借金を返済するまでは、飽きないでほしい(笑)。
二人:
(笑)
馬立:
建築家のデザインに対して、「行き過ぎの罪悪感」というのは感じることがあります。ここまでやっていいのかなって…。
小林:
といいますと?
馬立:
思いっきり、力の限りにつくってしまう建築家もいますね。何十年後かに施主の理解がそこまで必ず到達するんだ、と信じているわけですけど…。 僕も、考え方はその領域でやりたいと思っていますが、今はもっとカジュアルな生き方を求めている施主もいますし。「感動するのは好きじゃない」とか(笑)。もうちょっと…、
小林:
ドライといいますか?
馬立:
ええ。「自分にフィットする感じ」といったらいいのかな。
小林:
無理せずにいいものを、ということでしょうか。
鄭:
最近は、メディアにもいろいろな建築が採り上げられていますね。施主側の理解力もアップしているでしょうか。
馬立:
その辺はコミュニケーションしないとわからないです。最初はあまり突飛なことを言わなかった人が、最後は理解できないくらいのものをつくってくれ、と言ってきたり…。 そういう意味でも、やっぱり一番飽きないのは「人」です。この人は何を考えているのかな、とか思ったり…。今はその面白さが勝ってて、「こういう人にはこういうことをやりたいな」って、すぐ考えてしまいます。 クライアントではなく建築と対峙している建築家もいますね。ある到達点を出しながらやるのは、つまりは自分との戦いになる。それだけは正直シンドいでしょう。 自分が独立して施主と話すようになってみて、その人に「似合う服を着せたいな」じゃないけど、そういうふうに設計をしてもいいと感じました。とはいっても、今までにできあがった建築は似たような感じになっているかもしれませんけど(笑)。
鄭:
デザインというのは、線を引いて形にしますね。すると、鉛筆の持ち方でつくる形が変わるとか、CADでデザインすると違うテイストになるとか、そういうことはありますか。
馬立:
うーん、あるかな…。僕は手書きが長かったので、CADで考えることはできないみたいなんです。図面をマウスで引いているときはCADオペレーターになりきっていて、それをプリントアウトして、トレペを置いて赤鉛筆であれこれ書きながら考えます。特に、ディテールはCADでは考えられないですね。無理です。スケールがわからなくなりますから。
鄭:
多分、CADで図面を引くときは、全然違う思考回路になる必要があるんでしょう。
馬立:
もしCADで思考できれば、それは進化かもしれません。 独立してCADを導入して、やり始めたことがあるんです。製図を外注しているんです。1/100の平面図を自分たちで書て、あとの展開図とかは外注する。そうすると、CADで図面を書いてくれる人が別にいるわけですから、こっちで書く図は手書きでも大丈夫だと思いました。大まかな構成と寸法と、肝心な部分のディテールを伝えれば、それを図面にしてくれる。今もある程度そうしていますが、そのシステムをもっとしっかりつくって、そういうふうに設計をする事務所でいられたらいいな、と思っています。
鄭:
それができたら、事務所形態は非常にコンパクトになりますね。
馬立:
そう。地方に設計図面を書く工場をつくったり…。
鄭:
そうすると、あまり徹夜しなくて済みますかね。
馬立:
いや、それは変わらないでしょう(笑)。 難しいのはスタッフの育成です。それさえできれば、そのシステムはうまくいくと思います。設計の重要な部分を自分に一番やりやすい方法でやるのがイイと思っています。
鄭:
ヨーロッパでは、アーキテクトとドラフトマンが分かれていますが、そういうイメージでしょうか。
馬立:
そうですね。
小林:
規模を大きくしなくても、効率化することでより大きなものを扱えるようになるんですね。
馬立:
そうですね。ただ、なにも単純に新しい形態にしたいわけではなくて、自分がやりやすい組織をつくりたいだけですが。
小林:
マダチさん本人は、あくまでもCADでの思考はやりにくいと…。
馬立:
それと、なにかに特化した方がいいと思っています。今は、安全に瑕疵なく物を建てるという技術者としての責務と、デザイン的に時代を進めるインパクトを持ったものをつくりたいというデザイナーとしての願望、そういう別次元の話をするので、そのどちらでもプロ同士の仕事をしたいんです。一緒にやって、両方がアマチュアだ、ではマズイでしょう。専門化したいんですよね。 これはおまけですが、スタッフが疲れたらその製図工場に行ってのんびりしてもらうとか(笑)。生き返って帰ってきてもらう。
鄭:
帰ってこなかったりして。
馬立:
そうかもしれませんね(笑)。本人次第です。設計はしんどい仕事なので、その中でみんながいかに幸せになるかは考えたいです。
建築には、イメージしていないものを見せるという使命がある●
鄭:
設計の仕事がしんどいのは、職人芸的な内容とお客の対応とワイルドな現場、という相反するものをまかなう必要があるから、という気がしています。
馬立:
それに、建築は時間がかかるので、そんなには世の中の情報の更新についていくのも大変だと思います。どうやって建築の仕事をたくさんやるかというと、つくり方を同じにして、同じ素材を使った上で、たとえばその加工のしかたとかを工夫したりします。でも、同じものを使うってことは、すぐに時代遅れになってしまう可能性もあります。だから、その工法とかのリサーチは精力的にしなきゃならない。それでいてはじめてプロだなって認識されるわけですから。
小林:
もし馬立さんが、前作を見た人に「あれと同じものをつくってほしい」と言われたら、どうしますか。
馬立:
「やります」って言います。でも、もう少し良くつくりますね。以前は、ずっと考えて、現場でも考えて、いろいろ修正をして、一つの形に落ち着けるという感じでした。それは、旅に出てみて、最後に「ゴールはここだったのか」ってわかるのと同じような感じです。もしゴールがわかっている状態からものづくりを始められたら、さらにいいものをつくりたいと思うでしょう。そういうつくり方は、一度やってみたいですね。
鄭:
でも、たぶん絶対に同じ形にはならないですよね。
馬立:
敷地に条件がほとんどないとか、そういうことでもない限りは。たとえば、中国やアメリカの田舎みたいに敷地がものすごく広い、とかだったら、そうなるのかな…。 設計という言葉はすごく計画的なイメージをもっていますが、実際には宝探しのようなことも多いです。一瞬横切った女神を追いかけるような…(笑)。
一同:
(笑)。
馬立:
それは、たとえば服飾とは違ったアプローチですね。服は標準品が大勢を占めて、それに人が合わせる。特注品は、人に合わせてつくるので、そこに価値がある、と。 でも、建築の場合、さらにその先があるということでしょう。
鄭:
先ですか?
馬立:
建築は、敷地や人の要望に合わせるものづくりがまずあって、けどもうちょっと先に、その人がイメージしていないものを見せるという使命もある。それには、既成概念を超えないといけないので、建築条件に反する場合もあります。そのときにどうやって喜んでもらうかが難しいです。
鄭:
「使いづらいかもしれないが、習熟してください」とは、なかなか言いにくいですよね。
馬立:
そうですね(笑)。さすがに「ひどく暑い」とか「ものすごく寒い」とかいうのは「建築家のエゴ」と言われても仕方ないんでしょうけど、「5歩遠回りするけど、こっちの方が気持ちいい」とかは言ってもいいと思います。
鄭:
建築家から言わないと気づいてもらえないこともよくあるでしょう。たとえば、「○○部屋」と名付けられないようなスペースは、たとえ施主にとって大切だと思っても、施主本人から気づくことは難しい、というようなことです。名前がないと、「○○部屋」という共通認識がとりにくいですから。
馬立:
そういう隠れた願望を見つけ出すのは難しいことです。だから「真っ暗闇でさがしものをする」みたいになっちゃうんですよね。時代が多様化しているので、「これだ!」とも言いにくいですし。
鄭:
そうですね。どうすればいいんでしょう。
馬立:
僕の中にひとつ残るのは、「こう歩けばいいのかな」という感覚的な判断です。 さっき話した作図のシステムをつくっているのは、だいたい自分の設計のやり方が固まってきたからです。
小林:
デザインの善し悪しや、「これでいい」「これじゃマズい」という判断も感覚的なんですか。
馬立:
うーん、どうかな…。全部がそうというわけではないですけど…。少なくとも言えるのは、デザインの時点で迷うときはたいした差ではない、ということです。ある意味、どっちになってもいい。
小林:
大きく間違うことはない、ということですね。
馬立:
ええ。大きいところで正しい判断ができれば「コレだ!」って手応えがある。これは、デザイン(形づくり)とは切り離した、考え方や物のとらえ方の部分で、ある時に気が付く感じです。そこは大事にして、あとの進め方はいろいろあります。技術的にはAがよくて、デザイン的にはBだ、という場合は、やっぱり難しいです。注力することはケースバイケースで、そこにスタイルはありません。ただ、機能を重視する傾向はあるかな…。品質をより保証できる側で考えます。机上の論から実物に落とし込むときは、そこがポイントだと思います。
自分の建築はキているか?●
馬立:
大事にしようと思っているのは、メッセージ性ですね。コミュニケーション性というか。人が見てわかりやすいものを一番大切にしたいです。だから、モヤモヤわかりにくいときは、どうやってわかりやすく表現したらいいか、って考えます。そこがはっきりすれば、120%のデザインが115%になっても、問題ないと思います。100%でも本当はいいのかもしれません。ただ、問題は「どの辺が100%かがわからない」ってことです。だから、常にオーバーペース気味にやっていくしかないです。
鄭:
どこが100%かは、わからないですよね。
馬立:
でも、無茶をすればいいというような時代は終わっています。 たとえば、165km/hの剛速球で三振を取って肘を壊すよりも、160km/hで三振を取った方がいい。それよりもフォークやシュートを覚える方がいいわけです。
小林:
目的は三振を取ること。その方法はいろいろある、ということですね。
鄭:
もっというと、27個のアウトをとればいいっていう目的にしたら、やり方はまた変わる。そういう選択の幅が許されているのが現代ですね。
小林:
三振を取ったことのない人は、そんなことは考えませんよね。馬立さんも過去の経験によって思考がシフトしてきた、とうことでしょうか。昔はそんなこと考えていなかったのではないですか。
馬立:
昔は、165km/hで三振を取ろうとしていました(笑)。
鄭:
「次は170km/hだ」って?
馬立:
でもある時に、そんなことは求められていないかなって思いました。100%でやめておいて「次」にいけるかどうか、それも重要だと思ったんです。たとえば、なにか美味しいものがあって、もうひとつ何かを重ねたら2倍美味しくなる、とか。 120%を突き詰めるよりも、2倍美味しい方をとる方がいいんじゃないかってことです。事務所として120%の20をあきらめようよって言い出したところです。ポジティブに「次に進む」ということです。 ただ、難しいのは「100%に到達したよ」って、誰も教えてくれないんですけどね。
鄭:
過去に120があったから、あきらめられるんでしょう。 でも、これから先、120%が求められるときも来るのではないですか。
馬立:
普段からその力を出していないと、そういうときに出せなくなるかな…。120で施主が喜んでいてくれるところで100にしたら「ダメだ」って言われるかもしれません。それは気を付けないといけないと思っています。
鄭:
今までのご自分の建築は、ある程度までキていると思いますか。
馬立:
目指すものになっているか、という意味ですか?自分では、そうは思いません。そういう意識が自分のモチベーションでもあるのですが。 もうちょっと歳をとると、もう少し上手くつくれるようになるかな…。今は自分の中での「新しいもの」をつくっている感じです。
小林:
形だけじゃなく、概念や方法も突き破るような…?
馬立:
そうです。そういったもの全部を突き破るものがほしいと思っています。
昔から使われている昔ながらの筆記用具たちは、私たちに設計の原点を語りかけているようでした。優れたデザインは素朴な道具と緻密な組織づくりから、ということなのでしょうか。
聞き手:鄭、小林(生活普段議 www.cabbage-net.com/seikatsu/

クレジットのない写真はすべてキャベッジ・ネット撮影
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