生活普段議 
www.cabbage-net.com/seikatsu/
第11号   松野 勉さん 相澤 久美さん  「履歴が見える物づくりを(後編)」
今回は、前回から引き続きでライフアンドシェルター社の松野さんと相澤さんです。
前回ご紹介したシーカヤックや楽器の他にも、たくさんの“アナログな”道具たちが次から次へと出てきました。また、「ライフアンドシェルター社」という事務所名に込められた意味、等、興味深い話が一杯です。


ライフアンドシェルター社のホームページ http://www.lifeandshelter.org/

作品掲載雑誌等:新建築住宅特集、I'm home、モダンリビング、等
愛着がわく道具たち●
松野:
あなたは、あまりものに執着しないよね。
相澤:
私はね、ものすごく引越しが多いんですよ。これまでに35回くらい引越していて。引越しする時って、とにかく捨てるじゃないですか。毎回引越しするたびに物が減って、本と洋服少しで移動を続けてたんですね。で、ある時、それまで、なんでそんなにものを捨ててこれたのかというと、捨ててもいいものしか持ってなかったから、ってことに気付いたんですよ。
ここ(※東麻布に自邸を設計・建設)は自分の家として建てたところなんで、きっと長く住むだろうから、なるべく長く使えるものを買おうという風に思って。だから調理器具も鍋ならル・クルーゼの鍋とか、フライパンもテフロンみたいに何年後かには交換しなければいけないものより、鉄のフライパンにするとか、使えば使うほどに良くなっていくものを選んでいます。パーツが壊れたりしても自分で直せたり、修理してくれる所があったりするものを。
松野:
フライパンは、取っ手の角度が合わなかったので、少し曲げたんです。鉄板だからそれができるんです。
相澤:
あと、おろし金なんかも、銅のこういうもの。


おろし金とそのアップ
小林:
おおー。
鄭:
いいですねー。蕎麦屋とかに行くと、わさびと一緒に出てきたりしますね。
相澤:
そうそう、職人さんが一個ずつぽんぽんぽんっとこの刃を立てる。これダメになると、もう一回また刃を立ててくれるんですよ。
松野:
刃が、鋭利ですよ。
相澤:
これは生姜用なんですけど、こっちの大きいのが大根用で、歯の立ち方が微妙に違うらしいんですよ。大根はこれじゃないとダメだって言う職人さんもいる。プラスチックのやつは繊維が潰れるそうなんですね。
松野:
これは刃だから、切れるんだよね。
相澤:
切ってるから、大根おろしの鮮度が違うし、辛味も違う。これでやるとあまり汁も出なくて、全然味が違う。浅草のてんぷら屋さんにも、これの大きいのがあって、肩にかけておろしてたりするんですよ。
鄭:
しゃきっとした感じになりますよね。
相澤:
だから、こういうものを見つけると、買うようにしてます。ほんとは、ものはあんまり買わないんですよね、捨てるのが嫌だから。
でも、このおろし金やフライパンは捨てないでいいものですよね。シンプルだし、使いやすいし、それに愛着がもてる。
ただ、使うには手間がかかるんですよ、洗って置いたままにしておくとすぐ錆びるんですね。だから洗ったら、ちゃんと拭いて乾かしとかないといけない。あのフライパンも使い終わったら、たわしで洗って乾かして油を塗っておかないと錆びてきちゃう。
でも手間がかかる分、かければかけるほど使い勝手は良くなってくるし、なおかつ愛着がわいてくるから、大事にしようと思う訳ですね。
松野:
たいした手間じゃないんですよね、手間といっても。
鄭:
そういうのって、そのものに関してワンセットの儀式みたいな感じですね。結局なんだって「使って、洗って、片付ける」っていうのを一連の動作として繰り返している訳で、その流れの中に、そのもの特有の儀式みたいなものを組み入れていく作業って感じですよね。そういう動作は、全部のものに同じなんじゃなくて、一つ一つ違うから、そのものに対して愛着がわいてくるという感じなのかも知れないですね。
ものづくりにいろんなフェーズがあってもいい●
相澤:
便利になって、失われていくものもあると思うんですよ。例えば、あのフライパンは焦げる。でも、食べ物が焦げたときの味がわかったり、焦げた方が美味しかったりするでしょう?
松野:
僕はテフロンの方が焦がすけどね。どうも焦げ付かないと思うと、安心して油断するみたい。
相澤:
フライパンがテフロン加工されていることで失われていくもの…。大根おろしの食感も同じ。あ、鰹節削り器もあるんですよ。これだと、削り立ての鰹の香りとか、鰹節パックにはない香りがしますね。ただ、刃の調整が難しくて、それはもっぱら松野がやるんですけど。お料理によって厚みを変えて、そのまま食べる場合と出汁をとる場合…。まだ極めてないですけど。
鄭:
みそ汁をつくるために鰹節を削るなんて、豊かですよね。
相澤:
子供がもう少し大きくなったら、担当にしようかと思って。
手間ひまかけて、愛着がわいて、楽しみが増える。
このホウキも、ちゃんと修理してもらえるんですよ。抜けてきても、交換してもらえる。最近のは、できるのかしら。




並んだ数々の道具たち。
雰囲気は、昭和初期…?
小林:
最近の量産品なんかは、修理しようという気にもならないんじゃないですかね。壊れたら「まあ、捨てちゃおうかな」って。
相澤:
そうなんですよね。しかも掃き心地もいいです。ゴミをからめとるみたいで。
松野:
ホウキって、意外と使えるよね。
相澤:
夏はここもカーペットやめちゃうから、これで掃く。使えますよ。
見た目にも可愛いでしょう。可愛いくて買っちゃうのもあります。見たらほしくって。
洗濯板なんかも。
小林:
おおー。これは使ってますか。
相澤:
ええ。結構使えますよ。
松野:
これだけずらっと揃うと、昭和初期の感じがするな…。道具屋みたい。
相澤:
働く女性として、忙しくてなかなか使えないものもあるんですけど、でも、こういうものを使った生活って、憧れます。
鄭:
今の子供は、パック以外の鰹節を知らないし、鰹節の形さえも知らないかもしれない。それは残念ですよね。
とはいっても、ぼくも粉末のだしを使っていますけどね。(笑)
松野:
やっぱり「実体感」というのかな、何がどうなってこうなってるとか、プロセスがわかるとか、そういうのが大事なんじゃないですかね。削ると失敗することだってあるんです。鰹節だってシーカヤックだって、予定調和的ではないわけですね。そういう感覚が、日本には一番欠けていると思います。
相澤:
そういう感じからどんどん距離ができていますね。自然とか、素材とかからの距離が。こういう道具を使った生活っていうのは、単にシンプルにしているだけなんですけど、それで自分も楽しいし豊かになるし、得るものは大きいと思います。
松野:
量産で経済にのせようとすると、いかにクレームが出ないようにするか、というものづくりになります。でも、不都合があってもそれがわかっていれば、気を付けて使えば済むことかもしれない。もう少しものづくりにいろんなフェーズがあってもいいと思います。大量生産で安価なもの、自分でつくって愛着がわくもの、それからその中間、少量だけどつくり手の顔が見えるもの。そういうのがなくて、どんどん均質になっていくのはイヤですね。僕が子供の頃なんて、千葉から野菜売りのおばさんが自分でつくった野菜を売りに来ていたりしていましたからね。
鄭:
そういうシンプルな仕組みも残ってほしいですね。
松野:
僕らは、そういうのを知っている最後の世代かもしれませんね。
継承していくこと●
相澤:
若い人はそういうことを知らなくても、でも逆にそういうものに接したときに、とても新鮮に感じるみたいよ。
去年「うちくい展」っていうのをやったんです。沖縄の八重山地方の方言で「風呂敷」ていう意味なんですけどね、基本的には手織りで、生活に密着していた織物なんです。でも島からは人が流出して織り手がいなくなって、代わりに東京とかから沖縄に行った若者が織り手になっているみたいなんです。うちくいは、芭蕉の木の皮から繊維をはいで干して糸にする、染料は山から紅芋を採ってきたり藍を育てたり、全部自然素材…。一反の布をつくるのに、十数キロの糸を継がなければならないんです。その技術がもうなくて、おばあ(註:年配の女性を指す沖縄の言葉)たちがそれを継いでいる。昔はみんな、おばあちゃんが使っていたうちくいをずっと使っていたりしたんです。ああいうものづくりのあり方は、すごいと思います。
そういうもののあとを継いでいるのは、東京から行った若い人なんですね。沖縄に行って、これを見て、感動する。誰が見ても感動すると思うんですよ。
ここにある生活用品も同じです。そういう部分を子供には伝えたいと思いますね。
小林:
手間かかかるからこそ、数十年、時には百年以上もつものができるわけですね。


沖縄の織物「うちくい」
相澤:
うちくいは手入れの方法もきちんとある。クリーニングはダメなんです。基本的には石けんの手洗い。高価なものはクリーニングだ、って思いがちですけどね。
これは、芭蕉とチョマ(麻)が混じってます。
小林:
シルクっぽいですね。
相澤:
ええ。むこうでは、着物はほんとに長く着るものなんです。本当に、見たら好きになりますよ。
松野:
こういうものが抱える一番の問題は、今の流通機構や経済システムに乗りづらいということでしょうか。いいものがつくれても、それが障害になる。そんな中でも何かしようと努力している人はいますけど。
相澤:
ものの成り立ちとか、ものにこだわりのあるファッションデザイナーで、これを使っている人もいますけど、当然高くなるわけです。普通にはとても手が出ないような…。
小林:
もともと沖縄では高級品ではないのですか。
相澤:
みんな自分で使うためにつくっていました。あとは、納税というか貢ぎ物として織られていたようです。
松野:
もともとそういう成り立ちですから、流通させて利潤をのせて、というような経済に乗るシステムでできていないんです。あくまでも生活用品か貢ぎ物なんです。
小林:
残念ですね。そういうものがなくなるのも、逆に特別扱いされるのも。
松野:
そうですね。ナントカ博物館とかに入ってしまうと、これまた違うかなと。
相澤:
沖縄といえばミンサー織りですけど、あれは観光用として様々に発展していますが、伝統とは違うそうです。
小林:
もともとは、このうちくいが生活に密着していたんですね。
相澤:
他にもいくつかありますけどね。
若い人も、自分の生活になかったものでも良いものに触れれば、ちゃんとわかるんですよね。想像する力があるんです。だから、それを知ってる世代が伝える義務があるんじゃないかと思います。
家の中でそういうものを使えば、子供はそれを見て育つわけですから。
ライフアンドシェルター社とは?●
小林:
ライフアンドシェルター社という名は、お二人で付けられたものなんですか?
相澤:
これは、松野です。
松野:
そうですね、ライフアンドシェルター社の成り立ちを簡単に説明すると・・・。
僕が96年に独立して一人で始めた時点で、従来の設計事務所にはない広がりのある活動を持ちたいな、というのがあったんです。いろいろ検討して、まずバックミンスター・フラーが「シェルター」って雑誌を出していて、フラーも好きだったし「シェルター」という単語はいいなと思って。まあ建築ってそういうシェルター的な要素も大きいので、覆いですよね。それから、建築っていうものをベースにしつつ、もう少し曖昧模糊とした生活というものも捉えていければいいんじゃないかな、と思って。それは、もうど真ん中で「ライフ」だろうということで。
つまり、生活とそれを覆う何物かについて考えましょう、というような意図でつけたんですね。そのあと、相澤と一緒にやることになって、そのまま名前を継続してというか。
後から聞くと、「相澤さんが『ライフ』で松野さんが『シェルター』なんですよね」と言われるんですけどね。
相澤:
そうそう、よく言われるんです。
小林:
「アンド」って付いてて二人いらっしゃると、そういう風に思ってしまいますよね。
鄭:
「ライフ」と「シェルター」っていうのが別々にあってくっついた感じですね。
小林:
この、「社」というのは?
松野:
「社」というのは、いわゆる社会制度から付けている訳じゃないんです。「社」って人が集まって何かをする場所という意味があるんです。これまではまだ3人〜5人くらいなんですけど、ひとりがトップに立つ「アトリエ」という形式よりも、いろんな才能の人が集まってきて、ここでみんなの力を発揮する、というような場になればいいな、と。それで、最後に「社」と付けているんです。
相澤:
建築設計に特化した場所にはしたくないんですね。もちろん、主に建築をやっていますけど、その他にも、雑誌をやってたこともあるし、いろんな企画をコーディネイトすることもあるし、だから比較的業務の内容は多岐にわたっている。
いろいろな活動●
小林:
いろいろな活動をされていますよね。執筆から、プロダクト…、これは、グッドデザイン賞。
松野:
そうですね、去年いただいたものですね。
小林:
建築はもちろんですけれど、展覧会の…、これは、プロデュースですか?
相澤:
ものによりますね。ディレクションすることもあれば、全部プロデュースすることもあれば、アーティストのコーディネイションだけすることもあれば。
松野:
フリックスタジオさんという編集プロダクションとかが、この場所を借りてくれているんですけど、そういう人たちと一緒に「foo」という名前でこの1階を運営しようということにして、その企画で「小阪淳展」をやったんですね。
相澤:
ここを建てるときに、1階にオープンスペースなり展覧会のできるスペースを作ろうと思ったのは、小坂くんの個展がやりたかったから、っていうのがすごく大きいんです。実は。
小林:
そうなんですか!?
相澤:
雑誌をやっていた頃に、結構付き合いがあって、その後北京で子供科学館のお手伝いをしたんですけど、そのメディア・アーティストとして小阪くんに入ってもらいました。いっしょに仕事をやっていて、この人は天才だ!この人はもっともっと世の中に出て行って、社会に対する仕事をするべきだと、絶対個展がしたいと思って、それがようやく去年実現したわけです。
パートナーとして●
小林:
生活普段議では、Mount Fuji(註:生活普段議第2号)の原田さん以来の、ご夫婦でされている事務所ですが、仕事では二人常に一緒ですか。
相澤:
建築の施主に会うときには二人、現場の打ち合わせなどは別のことも多いですね。
松野:
建築はふたりともやっています。展覧会なんかのコーディネーションは相澤が主になってすることも多いかな。
僕はプロダクトも。
相澤:
「ミズ・アカリ」は、デザインは松野で、私は「助成金はここでとれるよ」とか「この人に会いに行くといいよ」とか。
小林:
しっかり役割分担ができて、サポートしあってますね。
松野:
やり方については試行錯誤しました。それで、徐々に棲み分けと共有とをしていきました。
小林:
夫婦で一緒にというのは、どうですか?
松野:
はじめは、やっぱり抵抗があったなー。
相澤:
仕事を始めたときは夫婦じゃなかったから。ビジネスパートナー。そのうちに夫婦になったんで、原田さんのところとは逆のパターンです。
私は設計の会社にいたし、彼は大学の研究室で建築をやってきたので、実務と考え方とで補い合ったんです。
松野:
一緒に仕事を続けていくうちに、自分に足りないものを相手が持っているということがだんだん明快になってきて、「必要は発明の母」という感じですかね(笑)。
小林:
建築以外にもいろいろな活動をされていますが、多岐の分野にわたるとなおさらポリシーが重要になると思いますが…。
松野:
クライアントと共有できるコンセプトを立てることは重視していますね。町工場なんかでも、相手の顔が見えるものづくりがしたいとか。建築もプロダクトも、それは変わらないかな。
展覧会のコーディネーションとかは、ちょっとフェーズが違うかな。
相澤:
展覧会は、それほど沢山やっているわけではないです。
雑誌をやっていたせいか、「相澤さんに聞けば知ってるかも」って、相談してくれるんですね。面倒見がいい性格も手伝って…。頼まれると断れない。
松野:
聞いてみると、そういうときに「相澤さん」って判断している基準は、こういう“モノ”みたいですね。
相澤:
あと、ある作家の人を「すごいな」って思うと、おせっかいで「もっとやらなきゃ」って言っちゃうんですね。作品の背景や物の考え方を含めて、その人を社会に知ってもらうことで、作家の考え方、ものの見方をみんなと共有できればいいな、と思うわけです。
松野:
芯が通っているものが好きだよね。
相澤:
軸は建築なので、いろんなことがどうフィードバックされていくのかなって思います。
松野:
他者がいて、何かを引き出すのが好きなんじゃないかな、展覧会もそのひとつ。建築が純粋芸術と違うのはそういうところですよね。自分の中からというよりも、他者から言われてはじめて仕事がスタートする。
相澤:
両親の影響で、小さい頃からものづくりを見てきた。自分の中から何かを吐き出し続けるのは辛いなって思っていたんです。でも、建築って絵描きや文筆家とは違いますよね。いろいろなことも、すぐにではないかもしれないけれど、自分の建築に反映されていくといいなと思います。
松野:
他者がいて、その人がどうやったら気持ちよく動けるか、どうやったら結びついて物事が前に進んでいくか、行動力が問われる役割ですよね。
相澤:
それもデザインの一つなんじゃないかと思います。解釈を広げると、何をどう上手くつくりあげていくか、想像力が必要だし、誰かに言われたとおりのことをやっていればできることではないですしね。
小林:
本来は、そういうことができて、設計や企画が上手くいくような気がします。
松野:
現状は、そういう教育がないですね。他者との間でいかにものをつくっていくか、という教育が。
相澤:
コミュニケーションの必要性ね。
私、学校の最初の課題でプレゼンしたら、先生に「君はちょっとしゃべりすぎる。建築はもっと寡黙なものだ」って言われたんです。その時は「そうかー、向かないのかもな」って思いましたね(笑)。
松野:
それは、ちょっと昔の美学だね…。
鄭:
先代の方々は、建築から泥臭さみたいなものを排除してきて、建築を扱うメディアもそれを受け継いでいます。できあがった結果を中心に語る…。
松野:
前と後ろをバチッと切ってしまっていますね。
鄭:
その向こうにあるものはほとんど見せていない。でも、それだと本当の建築は伝わらないと思いますね。
松野:
昔、建築家は、他にはない良質な生活感を持っていて、それを多くの人々に流布するという役割を担っていたと思います。
僕らはほとんど庶民の出なんで、より親しみやすい形をつくっていきたいと思っています。やっぱり実態をできるだけ分かりやすく、でき方やプロセスをきちんと物語にしていくといいかな。野菜一つとっても、履歴が見えた方がいいように、建築も履歴が見えて、こうこうこうだからこうなってる、というようなことがわかる姿が一番いいんじゃないかと思います。それは、こういう“モノ”も同じです。その部分で共感できているので、相澤とは一緒にやっていけてると思っています。
道具や伝統的な布などが、「履歴(あるいは顔)が見えるものづくりを心がける」というお二人の言葉を裏付けているようでした。ライフアンドシェルター社の1階fooでは展覧会などの活動が行われます。一度、足を運んでみてはいかがでしょうか。
松野 勉(まつの べん)

1969年  東京都生まれ
1992年  早稲田大学理工学部建築学科卒業
1994年  早稲田大学大学院修士課程修了
1994年〜  石山修武研究室
1996年  ライフアンドシェルター社設立
2002年〜  千葉大学工学部 都市環境システム学科 非常勤講師
相澤 久美(あいざわ くみ)

1969年  東京都生まれ
1991年  ボストン大学経済学部中退
1994年  早稲田大学芸術学校 建築学科卒業
1995年  株式会社スペースコンセプト入社
1997年〜  ライフアンドシェルター社パートナー
聞き手:鄭、小林(生活普段議 www.cabbage-net.com/seikatsu/

クレジットのない写真はすべてキャベッジ・ネット撮影
無断複製、転載を禁じます。