生活普段議 
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第10号   松野 勉さん 相澤 久美さん  「履歴が見える物づくりを(前編)」
今回は、ライフアンドシェルター社にお邪魔しました。中へ通されて目に飛び込んできたのは、天井につるされたカヤック。それから、次から次へと出される道具たち。それらは、生活を豊かにしてくれる力をもっていました。たくさんのモノに出会ったので、今回は二号に渡ってお送りします。


ライフアンドシェルター社のホームページ http://www.lifeandshelter.org/

作品掲載雑誌等:新建築住宅特集、I'm home、モダンリビング、等
シーカヤック●
松野:
色んなものに走る傾向があって、これは一番面白いっていうか、大きいのでちょっと厄介なんですけど。これは、いいものですね。
相澤:
シーカヤックです。
松野:
実はこれって、全く建築と関係なくも無くて。大学の研究室にいた時に、建物の中で全部完結する自立型の住宅設備とかを探せということになって、石山さんが「ホールアースカタログ」っていうものに世界の面白いものが集まっているからというので、見てたんですね。「ホールアースカタログ」はアメリカのヒッピーの間で流行っていたカタログなんですけど。
例えばコンポストだったりとか、バイオマスでトイレのものを分解してガスにして、それを使って発電する設備とか、いろんな面白いものを売っているんですよ。カタログだから、そこにファクスするとちゃんと買えるんです。その中に、これもあったんですね。
シーカヤックといって、航空用の強度の高いアルミのフレームにスキンを被せて船になるんだっていうのが、とても小さい写真なんですけどね、載っていて、これは面白いなと。そのころ、たまたまそういうものに興味を持って買ってる友人がまわりにいて、見せてもらったりはしていたんですけど。友達が持ってる分には、まあ遊びだから、建築と関係ないから、買ってもしょうがないな、と思っていたんですけどね。ひとたび、研究室で調べている中に出てきたので、「これは建築に関係あるんだ」と妙な自信を持ちまして。じゃあ、これは買うべきだろうということで。
これは、カナダのバンクーバーのほんとに小さな工場で、ほぼ手作業で作っているものなんです。ちょうどそのころ、カナダ人のスタッフが研究室に来ていたので、その人に頼んで、手に入れたんですよ。
シーカヤック(写真の天地は正です)
小林:
これは、今も乗られてますか?
松野:
その当時は月一とか、休みになるといろいろ行ってましたね。中善寺湖とか西湖とか、湖は結構楽なんですけど、海は三浦半島の西側の方とか、ちょっと遠出して西伊豆、松崎とかあっちの方、石廊崎とかあの辺も。シーカヤックなんで長い航海ができるので、一週間くらいキャンプ道具積んで転々としてツアーをするんです。長良川も行ったかな。川も行けるし、湖も行けるし。
鄭:
大きいですよね。
松野:
長いですね。4.8mくらいあります。これのいいところは、ハッチがあってそこにテントとか食料とか全部積み込んで、ローディングキャパは合計で170kgくらいあるらしいんです。170kg乗っけても、水の上だから浮力で浮いて進むので、漕ぐのは楽なんですよね。キャンプ道具一式積んで、ばーっと行けるという。
小林:
長い航海用って言われましたけど、何時間くらいこれで漕いで行くんですか?
松野:
最長でも一日5〜6時間とかじゃないかな。
相澤:
流されて、ジョン万次郎になりかけたこともあるんだよね。
松野:
それは東北の三陸海岸でのことですね。一人だったので自分のペースでいける時は行って、休む時は休むで。天候が悪くなったりすると、もうダメですし。
小林:
一人だと恐くないですか?
松野:
それなりに、リスクはあると思います。そのときは、岬を目指して海岸に沿って漕いで行って、岬をまわるんですね。そのときは晴れていて、その岬まではよかったんですけど、岬の先に陸から海への風が吹いていて、岬を回るまではそれが見えないわけですよ。で、回ったらもうすごい風で、こんなのは手漕ぎのボートですから力なんて限られてるから、なかなか行けなくてパドル飛ばされそうになったり。ちょっとだけ恐い思いをしました。いったん諦めて戻って、元の場所でテントをもう一回張って、次の日に行ったらもうすうっと行ける。そのくらい自然の影響を直接的に受けるものなんですよ。そのときは、ほんとに自然の力は人間の力にくらべて偉大だな、と思いましたけどね。
小林:
ああ、岬の向こうだから見えないんですね。
松野:
そう、行ってみてはじめて波が立ってるのが見えたり。もうちょっとちゃんと経験を積めば、岬の先の方にある波なんかを見て、状況を予測するとか、そういうことをしなきゃいけないと思うんですけど。ツアーのリーダーなどは、そういうことをやるんだと思います。ほんとの冒険家の中には、これの二人艇とかで大西洋を渡る人もいるくらい。
小林:
この上で寝るんですか?
松野:
みたいですね。寝るというか、休むというか。安定性はすごくありますからね。
水の都市 東京●
相澤:
でも、仕事をはじめてからはぜんぜん行けてなくて、都内で目黒川から漕ぎ出したりとかしてますよ。
松野:
というのは、遊びでやってた頃は、綺麗な自然のところに行くわけですよ。中禅寺湖とかに紅葉の時とかに行って、「あー綺麗だね、いいねー」って言って、キャンプなんかして楽しむんですけど。そこから東京に帰ってくると、「ああ、なんか帰ってきちゃったなー」と。非日常的なパラダイスというかユートピアみたいなところから、日常に戻ってくるみたいな感じがあって、そのギャップがすごく顕著なんですよね。そうすると、仕事柄、都市を考えたりすることが多いので、何で東京にもちゃんと水があって、フィールドもあるのに、同じように楽しめないんだろうと。行って楽しんでる限りはあくまで非日常なので、遊園地と同じですよね、たまたまそれが自然の環境であるだけで。ディズニーランドなり、そういう自分が普段生活しているフィールドとは違うところに行って楽しんで帰ってくる。でも、生活の中で、ちゃんと使ったりとか楽しんだりとかができないといけないんじゃないかと思ったんです。
僕のカヤックは現代的な素材で作られていますけど、もともとアザラシの骨と鯨の皮で作られた狩猟の道具だったわけです。エスキモーやアリューシャン列島の人たちの、生活に密着した道具だった。それが楽しむだけのものになってたりするので、それをもう一度自分たちの生活に近いところで、きちんと使えるようにしたいな、という壮大な想いみたいなのがあって。一度、実際出てみないとどういう状況か判らないので、出てみようと。
一応水上警察にも問い合せて、行っていいのかと聞いたら、川や東京湾とかは公道と同じ扱いだから大丈夫ですよということでした。ただ、夜になったらちゃんと灯火点けなさいとか、そういう安全基準みたいなものがある。あと、東京湾の一番メインの航路は、道でいうと環八とか246とかそういう道路に匹敵するので、そこを自転車で渡ったりしたら危ないだろう、ということは考えなきゃいけないんですけど。
行けるというのを聞いて、目黒川から下って行って、お台場の方まで渡って陸に上がったりとか。別の時に葛西の方に行こうとして、そのときまた風が強くて、奥の運河の方に流されて行っちゃって・・・
相澤:
流されて工事現場で拾われたり。
松野:
そうそう。(笑)行き場が無くなって、たまたま工事現場のクレーンがあったんで、すいません上げてくれませんか?って。先に人だけ上がって、引き上げてもらったり。「大変だねー」とか言われて。
相澤:
葛西臨海公園に迎えにくるように言われてて、早めに電話がかかってきたと思ったら、「いま、錦糸町にいる」とかいって。
松野:
錦糸町の高速道路の下なんですけど(笑)。あの時は、工事の人に迷惑かけてしまったな。
小林:
水上から見た東京っていうのはどうなんですか?
松野:
とても不思議ですね。特に、お台場のあたりから東京の中心の方を見ると、島みたいに見えます。水があってその上にかろうじて浮いている、薄っぺらい地面みたいで、大きな船のようにも見える。そこに高層ビルがダンダンと建っている。
小林:
背後に山が無いからですかね?
松野:
実際にも、土質というか地盤的にもゆるい所だから、建物建てる時は杭を支持地盤まで打ちますよね、その支持地盤は本当のかたい陸地なんですけど、それ以外のところは浮いている状態。で、建物も浮いているじゃないですか。杭で建っているだけで。そんな感じで、実際力学的にも多くの建物は海の上に浮いているような都市なんですね。最近は、割と水もキレイですよ。
小林:
あ、そうなんですか?
松野:
昔、僕らが子供の頃なんかは、隅田川を総武線で渡るとすごく臭いという状況だったんですけど。結構きれいになっていますね。その理由の一つは、工場がいろんな所に移転して行ってるってのもあるし、工業用水の規制もあって、垂れ流しできないようになっているのもある。下水道もどんどん完備されてきて、汚水が水の中に行かないとか、そういうこともあったり。まあ、工場自体も減ってますよね。湾岸エリアの工場がどんどん違う所に移って、跡がマンションなどの居住地域になっていっていますね。どんどん環境的にはよくなっている。結構、気持ちがいいですよ。
小林:
そうですか。
松野:
さすがにね、大自然の中の空気とはまた違うんですけどね。違うんだけど、思っていたほど悪くない。みんなもっと、水の上に出るといいんじゃないかと思いますよ。
小林:
でも、東京は水までが遠いですよね。
相澤:
アクセスしようが無いですよね。
松野:
いわゆる護岸ですね。工場用に大きな船が着いて荷揚げするように、段差をつけてわざと浚渫して深くしていったんですが。そういう工業的な用途はどんどん減ってきているんで、また江戸と同じように水を使ってそこが生活の場や遊ぶ場所になっていくと思うんです。そうすると、安全面だけで言えば、もっと緩やかな堤防であっても水辺の部分は中間地帯と考えれば良いわけなので、どんどんそうなっていくといいなと思います。
鄭:
僕は大学時代は京都に住んでたんですけど、京都なんかは街中にいっぱい水路があって、疎水工事でつくったものなんですけど、昔はその水路を使って、街中に荷物を運んでたりしてたんですね。その水路は基本的には鴨川の上流から取水して、街中をずーっと回して、それを何本もの支流に分けながら、増水したときの担保にとっているわけです。それ全体が一つの治水システムになっていて、水もどこに行っても非常にきれいでしたね。京都ではどこでも水に近くて、なんとなく落ち着く感じがしました。
相澤:
水が近くにあると…、和みますよね。
鄭:
東京来ると、たくさんの川があって水の上に浮かんでるような、まさにさっき言われたような感じだと思ってたんですけど、あんまり水が近くにないなっていう感じがしますね。
松野:
いろんな理由があると思います。下町の方は今でも少し運河の名残がありますけど、基本的に東京は手のような形の台地があって、その上と下の土地で使い方が分かれている。武家屋敷が上にできて、こっちがいい土地っていう風になって、下はまあ庶民や商人たちの町、その中間に神社なりお寺が守護としてできるっていう。やっぱり山の手文化になっちゃってるんですね。台地がいいっていう。
京都はちゃんと昔から連綿と、その時代時代でできる技術で、街全体がそういうバッファになるという状態を培ってきたのだと思います。東京は江戸からポンと作ったようなところで、江戸でも下水道は完備されていたらしいですけど、それにしても京都に比べたらぜんぜん年数は浅い都市ですから、その辺がまだまだ至ってない所だと思います。結局みんな山の手の方向いて、住宅も広がるのは多摩の方に広がるみたいのが多いじゃないですか。あっちの方がなんとなくイメージがいい。反対の方はなんとなくイメージが…、ってなっちゃうんですよね。
小林:
西高東低と言うこともありますね。
松野:
その辺も見直されてくるといいんじゃないかと思いますね。水は、自然環境として、動く媒体でもあるし、実際の空気環境もよくなってくるから。二重三重の意味でいいものだと思います。
鄭:
なんとなく、今の住居に惹かれたのも多摩川が近いからかも知れない。川が見える訳じゃないんですけど、その場に近づくと何かが違うなと。
松野:
マイナスイオンですかね。(笑)
鄭:
後になってから、多摩川がこんなに近かったんだ!って。
松野:
等々力渓谷もありますしね。湧き水も出てるし。多摩川なんかは東京で唯一といっていいほど空が開けている。すごい贅沢ですよね、東京の中では。
鄭:
あれだけ、川辺が広がっている川ってそれまで近くでなかったんで、すごく嬉しくて。河川敷とかで遊ぶのとかは、小さい頃からあたりまえで育ってきたのでね。
天井に吊るされて●
相澤:
でもご覧の通り、カヤックはすっかり埃をかぶり。
小林:
最近は?
松野:
一番近いので、去年の5月くらいかな。でも、そのときは友達の艇を借りていったんです。
小林:
去年の5月っていうと…、
松野:
そうですね、1年弱くらい前ですか。
小林:
もったいないって言ったらあれですけど。
松野:
もったいないですよね。もったいないんだけど、これを出していざ行こうとするとやっぱりひと手間かかるんですよ。その辺まで運河が来ていて、横に階段がチョコチョコっと下りて行けるようになってると、「じゃあ、ちょっと打ち合わせに行って来るわー」と、できるんですが…。
一同:
(笑)
松野:
「今日は月島だから、船で行くから」みたいに。
小林:
それはいいですねー!
松野:
カナダのバンクーバーなんかは、東京と同じような河口の都市なんですけど。自然も豊かで、みんな船で移動したりしてますね。小さな船で。このカヤックをつくっているフェザークラフト社の社長は、運河沿いにある会社にカヤックで通勤してくるそうですよ。
小林:
カヤックは、どれくらいの重さですか?
松野:
23kg位じゃないでしょうか。だから、ハッチの所を担いでひょいともって運べるんですよ。
鄭:
…これは、始めたらハマリそうだ。
相澤:
時間があれば、ハマれる。組むのがちょっと大変なんですよね。
松野:
カナダの人の体格と筋力で、エイヤっと組むことが想定されているので、結構力が要りますね。
小林:
組み立てにスペースとかはどれくらい必要なんですか?
松野:
この船の周りがちょっとあればできます。これもここ(室内)で組んで上にあげていますから。ただ、降ろす時はどうしようか、一旦ばらしてから降ろすのも面倒ですしね。悩みどころです(笑)。
ギター、楽器●
相澤:
男の人って、こういう玩具に走りがちですよね。松野は結構そういうのが多くて、ギターも何本も持ってるんだよね。
小林:
バンドをやってらっしゃったんですか?
松野:
昔ですね。カシオペアっていうフュージョンバンドのコピーバンドを、高校生の頃やっていました。ギターは中学生くらいからやってたんですけど、高校生で一所懸命お金を貯めてヤマハのSG1000っていうのを、ようやく中古で買ったんですよ。あれがやっぱりいいギターで、音がいいんですよ。
小林:
良いギター、悪いギターっていうのはどの辺で決まるんですか?
松野:
簡単に言うと、ボディの材質であったりネックの取付け方であったりとか、そういう物性によって、この形であればこの音が出るっていう。ストラトキャスターっていうもう少し薄いのもは、ボディに軽い木を使っているので、割と軽い音が出る。SGっていうのは重い木を使っていて、がっちりした太めの音が出る。
音っていうのは電気的にイコライザーで後からコントロールもできるんですけども、やっぱり木のそのままの音はイコライズして出せる音とはやはり違う。その辺の心地よさっていうのはありますよね。建築にもちょっと似たようなところがあると思うんですけど、仕上げをいくら高級な素材にしても、空間の構成がしっかりしていなければ、所詮付け焼き刃的になってしまう。そういうことに近いところがあると思いますね。
小林:
ギターについてはよく知らないんですが、エレキっていうと電気仕掛けなんで、それに良い音と悪い音があるというのは、ちょっとつかみ難いんですが。
松野:
ジャズとかだと、ディストーションとかで音を歪ませないんで、ギターそのものの音がより出ますよね。イコライザーでも補正しきれない違いが前面に出るんですね。ロックとかだと、結局はディストーションとかオーバードライブで歪ませちゃうんで、なんでも似通った音になるというか、イコライザーとかの後の処理で出しちゃうみたいなね。そうすると、ボディは稲妻形でもなんでもいいや、みたいなことになるんですけど。本来は、あれも音の響きがあって、ここで音を受けて、それがここで響いて、というような所から形ができているので、それをギザギザにしたらそれは響きはメチャメチャになるだろう、ていうことですね。
鄭:
星型とか。(笑)
松野:
アクリルのやつとかね。ステージで見栄えがするためもありますけど。エレキの方が形はいろいろあります。
相澤:
建築を考えるときも、音のこととかを結構気にするんですよね、そうすると楽器の形とかが反映されていたりとか。
松野:
このオベーションていうギターは、裏は樹脂なんです。始めはヘリコプターのボディのために開発していたらしいんですけど、あまりに振動がしすぎちゃうんで、なにか他に使えないだろうかってことで、振動だったら楽器がいいだろうと造られたものです。
相澤:
これも、買ったはいいけど結構、眠ってる。
松野:
本来は、これはエレアコで、アンプを通しても音が出せるものです。最近になってから買ったものなので、あんまり実用的には使ってないです。
小林:
憧れだったんですか?
松野:
最近、パット・メセニーとかを聴くようになって、彼らも以前ステージで使っていたりしたんですよ。
相澤:
お施主さんにセミプロみたいにやっている人がいて、その人とはものすごく話が合って。そこは、本格的なドラムセットとキーボードセットがあって、ギター持って遊びにいったりしてます。
松野:
どちらかというと、鍵盤の人ですね。フェンダー・ローズっていうキーボードの名機があるんですけど、それもそのフェンダー・ローズでないと出ない音っていうのがあって、今のシンセサイザーなんかでもフェンダー・ローズの音を出す音源があったりもするみたいなんですけど、やっぱり本物でないと。当時の真空管とか技術的な制約が、音の特徴になっていたりするんだと思うんですけど。
小林:
相澤さんは、音楽はやられていないんですか?
相澤:
私はちっちゃい頃から、ピアノとヴァイオリンを結構長くやっていたんですよね。でも、もうその後は逆に全然やらなくなって。
松野:
筋はいいはずなんだよね。
相澤:
音楽の基本は多分、私の方が知ってるんですけど、今やっているのは松野の方ですね。アフリカのカリンバとかを買ってくるのも松野だし、ああいうので子供と一緒に遊ぶのも松野だし、そこにある電子ピアノみたいな玩具もやるのは松野だし。
鄭:
楽器は楽しいですよね。
第11号へ続きます。ご期待ください!
松野 勉(まつの べん)

1969年  東京都生まれ
1992年  早稲田大学理工学部建築学科卒業
1994年  早稲田大学大学院修士課程修了
1994年〜  石山修武研究室
1996年  ライフアンドシェルター社設立
2002年〜  千葉大学工学部 都市環境システム学科 非常勤講師
相澤 久美(あいざわ くみ)

1969年  東京都生まれ
1991年  ボストン大学経済学部中退
1994年  早稲田大学芸術学校 建築学科卒業
1995年  株式会社スペースコンセプト入社
1997年〜  ライフアンドシェルター社パートナー
聞き手:鄭、小林(生活普段議 www.cabbage-net.com/seikatsu/

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