生活普段議 
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第20号   原田 一朗さん  「デザインは社会構造と切り離せない(後編)」
今回もハラダデザインの原田さんで、前回からの続きです。
衝撃的な展覧会だったという「ひかりのかたち展」のお話から、アクリルへの挑戦、ご自身の建築のことまで、ついに完結!
 
原田 一朗(はらだ いちろう)

1969年 東京都生まれ。
北海道大学工学部建築工学科卒業。
同大学大学院修士課程 修了。
1996-1999年 ワークステーション勤務。
2000年 ハラダデザイン設立

ハラダデザインのURL http://www.haradadesign.jp/
ひかりのかたち展の特色●
小林:
「ひかりのかたち展」自体はどんな風だったんですか?
原田:
「ひかりのかたち展」の特徴は3つあります。
1つ目は若手のデザイナーがチームになって実行委員会という形で展示品のデザインから、 印刷物の手配や会場構成、巡回展のアレンジ等の展覧会の運営まで一貫してコーディネートしたこと。二つ目は先端産業のLED と小さな工場のアクリル加工技術を組み合わせた新しい照明器具のプロトタイプを提案したこと。そして最後にデザイナーと実際にそれを作ってくれる人だけでなく、販売する立場の方々にも参加していただいたことです。はじめからこんな大掛かりな仕組みを考えていた訳ではないけど、後で振り返るとこんな特色があったと思います。
1点目の若手デザイナー同士の共同では、まず、僕が先行して作っていたPLSの構成やアクリル加工の特徴なんかをメンバーのみんなに洗いざらい話をして、ウェブ上にBBSを作って各人がスケッチを出し合い意見交換しながら試作品の進捗を報告したり、DMやリーフレット等の印刷物のデザイン、会場構成等を相談していきました。BBSを利用するというのは各参加者の生活の時間帯もまちまちなので、すこしでも密にコミュニケーションしたいという気持ちからだったんだけど、予想以上の効果がありました。
2点目に関しては、少量多品種で切削ができる生産設備によって、いろいろな形状の器具を提案することで、生活の中での多様なあかりとの関わり方を提案できれば良いなと考えました。白色LEDそのものがまだ流通し始めで、その使い方も定まっていない状況だったこともあり、いろいろな可能性を提示したいという気持ちがありました。
3点目は、m+h unitのみなさんにも実行委員会に加わっていただくことで、会場がインテリアのセレクトショップになりました。これは、沢山販売したいという気持ちからではなくて、一般の人の日常生活の延長上にある空間で展示をしたいという気持ちからでした。




photo:Ken Takahashi
ひかりのかたち展の展開●
原田:
m+h unitが運営するdesignshopは南麻布にある白ビルという古いビルを改装した独特の環境です。東京展の会場はこのビルの1Fと2Fで、内装が全部白なんですよ。ところが白い壁に白い発光ダイオードだと目立たないんで、光の三原色である赤・青・緑それぞれのLEDの光の強弱を制御することでいろいろな色彩が得られる照明器具で壁に色をつけて、壁の色と製品の白い光の対比を作りました。こうしてパーティション等を用いなくても会場が店内に浮び上がってくる様な会場構成が可能になりました。丁度東京展はクリスマスの頃だったので、クリスマスイルミネーションも兼ねた小さなイベントということで、この照明器具を製造・販売されているカラーキネティクス・ジャパンという会社に器具をお借りして、調光のプログラムもして頂きました。
会場では、店内をいくつかのゾーンに分けて、それぞれのゾーンの壁の色を変化させています。そうすることで、会場の中に色彩が流れたり、一瞬真っ青になったりする。一瞬、真っ青に染められた空間に作品である白い発光体が漂っているように見えるわけね。そこから、またタイミングがずれて色がばらばらになっていく。そうすると、建築の場の分節っていうのがすごくはっきり出てくる。来場者が色に誘われて会場を回遊する手助けにもなっている。




東京展
photo:
COLORKINETICS JAPAN
Nacasa and Partners
 
当時は、LEDがとても注目を集めていた時期で、10種類以上の新作を製作し販売間近の状態になっていることとか オブジェだけでなくその空間にまでLEDをつかったことが評価していただけた。
多分当時、僕らは、総合性を考えながらやっていて…、商品化とか、先端技術とか、生活の中での器具のあり方を表現するとか、LEDでなければ作れない空間を作るとか…、そういうことは、工場の実情を拝見したり実際にLEDのことを調べるなかで、すこしずつ気付いてきたことだったんですよ。だから、ひかりのかたち展は、一連のプロセスの中でメンバーがいろいろ気づいたことを総合化していく舞台だったと思います…。

こんなこともあって、行政に助成金をお願いする際にも、デザイナーだけのお祭り騒ぎではないと受け止めてもらえた様です。東京と大阪展のあと、ひかりのかたち展は札幌とCET04にも巡回しました。この中で、「ミズ・アカリ」と「プラトニックライトシリーズ」がグッドデザイン賞をもらったり。フランクフルトの照明の見本市の特別展示にノミネートしてもらってね、海外の展示会に出展できました。展覧会そのものがいろんな方々の有形無形の協力あってのことなので、公の注目を集める事でその方々にもすこしだけ恩返しができた様で嬉しかったです。この12月にはこの2点は韓国での展覧会にもノミネートされています。なんとなくご近所づきあいで始めた事が、徐々にいろいろなスケールで展開していき、現在に至っています。



札幌展
photo:haradadesign.jp
展覧会から商品化へ●
原田:
展覧会が終わった後に調べてみると、照明器具には電器用品安全法っていう法律がかかることが分かってね。製品版では、照明の会社に基板を再設計したものとさくら樹脂が製作したアクリルのケースを支給して、関連法規に準拠した電源ボックスなどと組み合わせてもらうことにしました。
小林:
なにか、問題があるんですか?そのままだと。
原田:
問題があるのではなくて…器具は認定工場で組み立てないといけないとか、発熱はここまでに抑えないといけないというガイドラインがあるんです。また、このガイドラインに基づいた測定をして、結果を保管しなければいけなかったり。器具にはシリアルナンバーをつけて、生産履歴を照合できないといけないとか…。あと、LEDは電球みたいにパチッと切れる訳ではないんだけど、だんだん暗くなるんですよ。この場合どこを寿命と捉えるかというガイドラインもありました。
「ひかりのかたち展」には、いろいろな照明メーカーの方が見に来てくださったから、その中で、製品化で共同してくれるメーカーさんを探し、このメーカーさんに温度測定をお願いしたり、こちらで放熱の仕組みを検討しなおしたりして、約8ヶ月くらい生産調整をして、ようやく販売できる様になりました。
鄭:
商品化されてるのは、「ミズ・アカリ」と「プラトニックライトシリーズ」の二つ?
原田:
あとは、川辺直哉君の「フラグメント」と、僕の「ベースライトシリーズ」っていう花瓶にLEDが付いているのがあって今は4種5点を さくら樹脂のオンラインショップやdesignshop等で販売中です。その他の出展品は部品の調達とかの関係で、他のメーカーさんが入らないとならないので、まだ調整中なんだけど、ラインナップに加えられるものは加えていこうと相談しています。ただ、量産することによって、スケールメリットが得易くて販売価格が落ちやすいものと、そうじゃないものがあるから、市販されているものの値段に近づけられそうなものをやろうとしてます。あと二つくらいは追加する予定ですね。
「ベースライトシリーズ」へ●
鄭:
「ベースライトシリーズ」は、アクリルにガラスを封入してある?

composite vase series
photo:haradadesign.jp
原田:
そう、このガラスの容器が入ってるんです。ガラスがアクリルを成形するときの型(かた)になっています。LEDのついていない『コンポジットベースシリーズ』というのもあります。
鄭:
アクリルとガラスでは膨張率とかが違うんでは?
原田:
そう。だから、試作段階でガラスが割れてすごく大変だったの。残留応力で割れるっていうのは、すぐわかったのね。それを視覚的に捉える方法はすこし授業で習った覚えがあって、偏光フィルターで見てみたら、応力を示す回折縞がでて、あとはその読み方だけが分かればいい。構造設計の方にその写真を送ったら「ここで応力無限になってるから、一番弱いんだよ」と教えてくれたんです。じゃあ、どうやって押さえ込もうかと肉厚を検討したり、封入する方向とか手順をもう一回整理しなおして、ようやくガラスが割れなくなった。
小林:
これをつくるきっかけは?

回折縞
photo:haradadesign.jp


ガラス加工の様子
photo:haradadesign.jp


封入されるガラス容器
photo:Jin Hosoya
原田:

小規模の工場というのはかならずしも完成品を作っているわけではなくて、部品をどこかから購入して組み立てるところもあれば、部品だけを作るところもあるという具合に、生態系のように連鎖してるのね。新横浜のあたりの工場が、大田区の工場と一緒に仕事をしていたり。都心を中心としてドーナツ状に工場のエリアがあるわけです。さくら樹脂さんと一緒にものづくりをする様になって、時折、こういうネットワークの中で面白いことをやっている工場に社長さんが案内してくださる様になり、理化学ガラスの工場と出会いました。

鄭:
あそこら辺にいくと、これが出来るとか。
原田:
そうそんな感じ。そこは、手吹きガラスで複雑な形状の実験器具を製作する工場だったんです。夜店の飴細工の様に手作業で複雑な造形をする様子は、これまでNCなんかを使ってCADデータを機械加工する様子をみていた僕にはカルチャーショックでした。
僕自身、その頃、幾何学的で再現性の高い形をつくることにやや行き詰まりを感じていたんです…。「プライベートアクアリウム」で箱物をやって、旋盤加工を利用した「イージースツール」をデザインし、さらに旋盤加工の集大成として「プラトニックライトシリーズ」をデザインして…どれも同じ形状のものを機械を用いて複製するという作り方です。設計図通りにできるというか…こういうことに、もう飽きたというわけじゃないけど、デザインに直結するような新しい加工法は常に探していました。理化学ガラスの工場と出会って、完全に手作業だと一般の人には手の届かない金額になってしまう、でもこの手吹きガラスを封入すればすごく合理的な手段で一個一個形の違う製品を作れる、と気づいてかなり興奮しました。
このガラスも、すごいんだよ。吹きながら手でスーッと引いてつくるんだけど、肉厚が均一で光にかざすとコンピューターグラフィックスのような影が出る。見た目には形が違っても、ノギスで主要な部分を測ると、0.5mmくらいしか違わないの。おおまかな形状のガイドラインは僕が決めたけど、わずかな差がある、これが表現になるといいなあと思った訳です。
小林:
ほー。
原田:
なんでこんなのが手作業でできるんだろうって、感動して。冒頭のあたりで話したけど、こういうところから、熟練工とか、機械の手とか、残留応力の立体解析の手段とか、市場とか…日本はとても恵まれているなと実感しましたね。
トライアンドエラー●
原田:
最初に一番難しそうなかたちでトライアンドエラーすると、それより簡単なものは、いくらでも作れるようになるでしょ。だから、一番難しそうなのでやったんだけど、半年くらいかかったかな。でも、トライアンドエラーの一つひとつが工場にとってはかけがえのないノウハウになっています。
鄭:
ですよね。
原田:
この花瓶の開発当時は、さくら樹脂さんもアクリルへの封入ができなかったので、倉俣史朗さんのバラの椅子をつくった、埼玉の工場の方に封入していただだきました。でも、さくら樹脂の社長さんと一緒にガラス容器を持って行って製作のお願いに伺ったときには、はじめはすごく難色を示された。この工場の社長さんがおっしゃるには、以前、開放型の容器の封入を依頼されたことがあったけど、そのときは技術的な問題で出来なかったんだって。それで「ぼくは建築家だから、エンジニアリングにも明るい、割れてもいいから作ってみて、そこから問題を探せばなにかわかるかもしれないから、やってください」とお願いして、ガラス容器を何本か封入してもらったんですよ。
そしたら、案の定ほとんど割れるのね。どうして割れるのか理解する為に、詳しく封入の手順を伺って「こうなんじゃないか?ああなんじゃないか?」と対処方法を絞り込んでいって、割れなくなりました。出来たときは、すごく嬉しかった。この工場の社長さんからも電話がかかってきて「割れませんでした!」ってね。一緒に喜んでくれました。
小林:
割れるというのは、どのタイミングで割れるんですか?
原田:
石油状態のアクリルの液体から硬化が進むと、体積が2割程度縮むんです。この収縮の時の力が、ガラスの強度を越えた時点でパキッと割れることが分かってきました。
鄭:
2割も!
原田:
見た目はガラスとアクリルの、コラボレーションなんですが、物性的には大喧嘩しているから、調整役が「まあまあっ」ていう感じで、アレンジをしないと難しいということなんですね。
試作段階でのスケッチを見ながら●
原田:
ぼくのなかで、問題が解けた瞬間が、このスケッチで…。全部漫画で描いてますけど。


鄭:
デザイナーの絵というより、学者っぽいですね。
原田:
まあ、製法だから…どんな情報でも、いったんはA4一枚にまとめてコンパクトにするのが大事だなと思っていつもそうしています。そうすれば、職人さんとかも一目で分かるから。
小林:
断面方向で、「引け」が最大3mmになっちゃうんですね。
原田:
そう、失敗品も全部送ってもらって、何で割れるのか考えるんです。これが最悪の割れ方でね。ガラスが踏ん張りすぎたところはアクリルが割れて、アクリルが踏ん張りすぎたところはガラスが割れてるんですよ。この時は、もう駄目だと思った。
小林:
これは、側面がへこんでますね。
原田:
そう、そこがへこむわけないのに、なんで減っているんだとか、考えるわけですよ。だって、肉厚に比例するんだから、アクリルの量が多いガラス容器の首のあたりのヒケが多いはずなのに、胴のほうがひけてるでしょう。何でだろうと考えるわけですね。
これも失敗品で、ガラスは割れなかったけど、アクリルが割れたの、で、なんとかガラスだけを救出できるだろと、職人さんが溶剤かけてくれたもので、かなり時間かけてトライしてくれたものです。手吹きのガラスだし、職人さんもそのあたりの大切さをよく分かっていらっしゃるから、本当に親身にいろいろ作業してくださいました。こういう失敗作は全部とってあります。奇麗にできたものにももちろん愛着があるけど、失敗したものへも愛着があります。
小林:
試作品はどれくらいに、それこそ星の数ほど?
原田:
それほど開発費はかけられないから、なるべく失敗しないように頭をつかいます。試作するときにも、「多分ガラスが割れるだろうけど、こういう仮説に基づいてやる試作である」ということを、ちゃんとクリアーにしてからやるようにしました。むやみやたらにつくったって、自然に逆らってる限りは絶対にできない。想像力を働かせたり、エンジニアの人にいろいろ助言を頂いたりしながら試作をします。もったいないもんね。
小林:
なるほど。
倉俣史朗さんと職人さんの良い関係●
原田:
花瓶を封入してくれた職人さんからもいろいろ学びました。まず、倉俣さんというのは、すごく職人さんと良い関係だったことに勇気づけられました。職人さんが時折思い出話をしてくれるんです。バラを入れるときの話とかね、すごく面白かったよ。あの造花は事務所の方が工場にいらして、位置決めしながらアクリルに封入したそうです。どぼどぼと、流せないじゃないですか。ああいう風に漂っているようにするためには…。この話を聴いてなんだか、現場でコンクリートを打つときのような感じだなあと印象的でした。僕は、それまで、倉俣さんのマスターピースを写真や実物で拝見しただけだったけど、本当に少しだけ、その仕事ぶりを伺って、職人さんとのコミュニケーションをとても大事にされているという印象をもちました。そういう目で見ると、作品がそれまでより豊かなものに見えてくる様な感じがしたのも印象的です。
この花瓶の試作ではかなりの回数この埼玉の工場に通いました。そうすると、雑談になって故郷の話をしてくださったのも印象的です。ここの社長さんは、長野出身とのことで、アクリルという素材のことを「私にとってはこれは氷なんですよ」とおっしゃる。「子供の頃から、ものが凍る様子を見ていたから、そういうつもりでやっているんです」って言われた。
 

僕も子供の頃は北海道で過ごしたから、このことにとても共感しました。北国では、朝は凍りついていた水が昼間になると溶ける。それが、また夜になると凍るというサイクルを日常的に目にしている訳です。東京にいると、水なら水がひとつのモノとして不動のであるように思えるけど、一日のなかでも、北国のようにあるものがある状態から別の状態に行き来する環境にいると、固定されたものを見る見方じゃなくて、そのものがある状態の中のひとつのフェーズにあるんだという見方が出来るようになる気がします。これは言い換えると自然現象から物性を捉えることで、僕やこの職人さんがやってることは現象を物証化してもう一度表現することになります。こういう視点は、科学とか芸術の基点にある、つまり現象を見る上での本質的な眼差しなんじゃないかなぁということに気づかされて、猛烈に感動しました。もう涙ぐんでしまった。


composite vase series
photo:haradadesign.jp
漆の設計展●
小林:
こちらの「漆の設計展」は?
原田:
漆器の展覧会は、 先ほどお話ししたdesignshopで漆器を販売していて、この漆器の製造元の若い経営者の方とdesignshopの運営をしているm+h unitの方々が意気投合して、「『ひかりのかたち展』というのをやったことがあって、若いデザイナーとつくり手が共同して、結構反響がいいイベントになったので、同じように展覧会をやってみませんか?」とお話してくださったのが発端です。ですから、僕自身も一実行委員としての参加です。「ひかりのかたち展」とはメンバー多少入れ替わりはあったんですけど、この展覧会の為に同じように参加者が集まり、去年の8月から準備をはじめました。
小林:
ほう。
原田:
漆器の工場を見に行くと、アクリル削るのと一緒で轆轤(ろくろ)で木をまわして削ってるのに驚いた。漆っていうのは樹脂のルーツだから、反応プロセスとかはアクリルとまったく一緒だった。重合っていう反応なんですよ。アクリルでは圧力をかけたり触媒を用いたりとか、すこし乱暴なんですけど、漆では、その反応をほんとに空気中の水分だけでやるので、すごく時間がかかる。で、やっぱり体積減るし、変形も出る。そんな共通点に興味を持ちました。木だと耐水性がないので、樹液を塗ってみれば丈夫になるんじゃないか?くらいのことを、数百年数千年のスパンで洗練していく中でああいうものが生まれたんだなと思って。自分がやっていることのルーツに出会ったような気がして、非常に嬉しかったでんす。
展覧会ではつくるプロセスもちゃんと紹介するために、轆轤(ろくろ)を使って木地挽きしている様子をビデオで撮って会場で流したんですが、さくら樹脂の旋盤工の方もこの動画を見て、すごく驚いてたよ。手を動かしながら、「こうやってやるんだなー」と。職人の血が騒ぐというか、技術は身体に染み付いているんだなあと思いました。木地職人も旋盤工も刃物も自分で研いでつくるし、完全に同じなんですよ。
アクリルと漆は、時間的にも空間的にも隔てられているものなんだけど、いろんな共通点がある。こんな訳で、松野勉君(ライフアンドシェルター社)とぼくの作品はアクリルと漆器の組み合わせに挑戦しています。
小林:
なるほど。
原田:
僕が出展した「キリキ」について話すと。石川県には輪島と山中という漆器の産地があるけれども、輪島というのは平らなものを組み合わせる重箱の様なものが得意で、山中というのは木材をまわして削る木地挽きが得意という差があることを知りました。そこで、山中漆器でも四角いものがつくれないかなと…、木地挽きの丸い器を切って四角くして、一つ一つは小さくても並べて使え、並べる事で異素材の器が連なってグラフィックの様になるものをデザインすることにしました。キリキは、工程も形状もかなり単純なものだけど、今後、磁器が出来る人がいたら磁器で、金属でつくれる人がいたら金属でつくってもらおうと思っています。回して切るというのは、とてもプリミティブな加工方法だから、同じ形でいろんな素材のものを加えていく。こういう活動をライフワークにできるといいなと思っています。プロダクトとして完了したものじゃなくて、いろいろ付加されていってもいい。形は単純だけど、使い方で幾通りもの姿が現れる…、そういうことを考えていました。

キリキ
photo:
Nacasa and Partners
 
今は「漆の設計展」が終わって、その反響が良かったのことにすこしビックリしています。最初に「漆器やってみる?」って言われたとき、非常に魅力を感じたけど、ちょっと敷居が高いなと思ったんです。もっと歳とってからというか、あんまり自分に関係ないというか。自分が伝統技術に取り組むことがイメージできずにいたんだけです。でも、見に来た方の反響がおおむね良かった。それは『何がどのように作られているか分かること』だったり『うつわという普段何気なくつかっているものへのデザインの関与の仕方が分かること』への安心感なのかなといました。一般の方はこういうことを知る機会ってすごく少ない。展覧会を通じて、それがどんなマテリアルを扱うものであっても、そのプロセスをちゃんと伝えることや普段意識されないものをデザインの対象にしていくことが、かけがえのないことになっていくのかもしれないなと感じていますね。
つくる方法と感じる方法…空間の包容力●
原田:
今はね、住宅を設計していて、この住宅は照明とか階段とか、そういうのをねアクリルでつくろうとしてます。
小林:
階段の踏み面を?
原田:
踏み面っていうか…、それはまだ秘密(笑)。ほかにもいろんな部位に使ってみたいんだけど、とにかく、今は3カ所くらいで考えています。
小林:
アクリルは用途が広いですね。
原田:
透明な材料で、削れて、接着ができて、成型ができるものってアクリル以外ないでしょ。着色もできるし。非常に応用領域が広いからね。でも、別にアクリル御殿みたいなものを作ろうと思っている訳ではなくて、とにかく、回り道して再び建築を作る事になったので、自分が今までやってきたことをどうやったら建築空間として実現できるかが関心事です。
 
建築家はやはり空間構成に関心があると思うんだけど、構成っていうのは、生活を抽象する方法論ですね。これは生活者が空間を感受する時の方法とはまったく違います。生活者にとっては、自分の生活を俯瞰して抽象していくのはとても大変で、難しい。むしろなにか具体的なものを手がかりにして生活を組み立て、その中で暮らしているんだと思います。例えば、公共建築等であれば、社会的な制度の中で設計条件がすでに抽象されているから、そのまとまりをいかに操作するかという、つまり建築のプログラムによる説明が可能だった訳だけど、どうも一般の人が空間を感受する方法は、条件→抽象→空間という様な一方向なものとは限らなくて、もっと混濁しているものなんじゃないかなあと考える様になりました。
クリストファー・アレグザンダーの「パターンランゲージ」という本があるよね。あれは、全然構成論じゃない。だから、設計論としては中途半端だという様な扱いを受けていますよね。家相や風水みたいなもんで、決定論ではないと僕自身思います。ただし、空間を如何に作るかということではなく、空間を如何に感じるか?使いこなすか?という意味では、あれがすごく面白い本だと思う様になりました。つまりさっき言った様な混濁している様な状況そのものが、僕たちが暮らす世界のあり方というか…、豊かさや奥行きの手がかりなんじゃないなかあと思う様になってきた訳です。




photo:haradadesign.jp
 
つくる方法と感じる方法の差…、なんとなく僕らもそのことを意識はしているけど、設計するという事はこの二つの思考の間をものすごい密度でフィードバックをする事だから、僕ら自身は切り分けて考える事はむずかしいよね。でも、むずかしいからといって放っておくと、これは、設計する人間と暮らす人の距離となって現れることもあるし、不動産とか箱モノと揶揄される様な建築物の寂しいありかたにも繋がってしまう気がします。僕は、ちょっと回り道をして、でも、楽しく家具やプロダクトに取り組む様になり、それなりの数のものを作ってきたから、普通に考えると棚が構造体になっている様な家を胸はってつくった方が分かり易い。でも、こういう方法も、ある種の構成論だなあと思って僕はずいぶん悩んだんだよね。最近は要素がデジタルにある空間に帰結する訳ではなく、様々な対象がそれぞれオーバーラップしあっている様な状態を作ればいいんだなと考える様になってきました。そうすると、なんだかとても気楽になってきたというのが今の状況です。
ぼくらは何かを感じる、そして、感じたものの組み立て方を考える。こうしてできたものは、また新しい経験の舞台となる訳で、そうした気持ちが使う人の心の中でも連綿と生起する様な、包容力のある空間を作ればいいと考える様になってきました。
僕がいままでデザインしてきたのは言わば「器」で、それは熱帯魚の「器」の設計だったり、花の「器」だったり、そこには人間の「器」も含まれる。それぞれの器は、生活を土台にしたいろいろな包含関係をもっている。家一軒デザインするときも、いろんな視点からデザインの領域をきりとって、まとまりをつくり、それを重ね合わせて行く様な、そういうことができるとすごく楽しい。ものづくりのインフラをつくろうってことにも、同じようにそこに関わる人のいろいろな価値観の重層的な関係があります。最近ぼくはいろんな人と一緒に仕事をする様になってきたから…、一連の取り組みが初めにお話しした『なんでもデザイン』に広がってくるといいなと考えているところです。
数々の問題を乗り越えて生み出されたモノからは、たくさんの人の努力と信念が伝わってきます。形だけでなく素材やそれをとりまく人の関わりを構築すること、その大切さが原田さんの言動から滲み出ていました。
聞き手:鄭、小林(生活普段議 www.cabbage-net.com/seikatsu/

クレジットのない写真はすべてキャベッジ・ネット撮影
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